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第2章 ユタの花(4)
日期:2023-10-31 15:41  点击:271

 ジェファースン・ホープ青年は連れの仲間たちとともに黙々と馬を進めた。彼らはネヴァダ山中で見込みのありそうな銀の鉱脈を探しあてたので、採掘に必要な資金を調達するためソルトレイク・シティに戻ってきたところだった。ずっと銀鉱のことしか頭になく、その成功に向けて全力を傾けてきたホープだが、さきほどの予期せぬ出来事で気持ちが完全に別のものへ引き寄せられた。シエラネヴァダ山脈を吹きわたるそよ風のようにすがすがしい、美しく健康的な娘と出会って、ホープの情熱に満ちた奔放な心は奥底までかき乱されたのだ。視界から娘の姿が消え去ったとき、彼は人生の重大な岐路に立たされたことを悟った。この新鮮で心奪われる出来事に比べたら、一いつ攫かく千せん金きんの銀鉱も、それ以外のどんなものもたいして意味がないように思えた。胸にあふれでるこの感情は、少年時代に芽生えた気まぐれな恋とは似ても似つかない。もっと荒々しい、強きよう靭じんな意志と自尊心を持つ成熟した男のひたむきな熱情だった。これまで彼は手がけた仕事をことごとく成功させてきた。あの娘との恋も、骨身を惜しまず、あらんかぎりの忍耐力を注いで、なんとしても成就させなければと心に誓った。

 同じ日の晩、ホープはジョン・フェリアの家を訪ねた。その後もたびたび足を運んで、いつしかフェリア家の一員のようになった。谷間の農場で仕事一筋に打ちこんできたジョン・フェリアは、この十二年というもの外の世界を知る機会がほとんどなかったので、ジェファースン・ホープが巧みな話術で語り聞かせる多彩な話に父も娘も熱心に聞き入った。カリフォルニア地方の開拓に携わってきただけあって、ホープは狂乱に踊らされた古き良き時代の大おお儲もうけや大損にまつわる珍奇な話を豊富に知っていた。そのうえ、未開地の偵察、毛皮猟、銀鉱探し、牛飼いなど、さまざまな仕事を経験し、血湧き肉躍る冒険のあるところにはつねにジェファースン・ホープがいたと言っても過言でなかった。そんな若者を老農場主はすぐに気に入り、口をきわめて褒めちぎった。そういうときルーシーはいつも黙って頰を染め、さも嬉しそうに目を輝かせていたので、ひそかに思いを寄せる相手がいることは明らかだった。堅物の父親は気づかなかったかもしれないが、彼女の愛情を勝ち取った若者本人がそうした兆しを見逃すはずはなかった。

 ある夏の夕方、ホープは馬を飛ばしてやって来て、フェリア家の門の前で止まった。玄関にいたルーシーが迎えに出ると、ホープは手綱を垣根にかけてから、庭の小道を急ぎ足で歩いていった。

「出発するよ、ルーシー」両手を取って握り、優しいまなざしで彼女を見つめた。「いますぐついて来てくれとは言わないが、今度帰ってきたときにはおれと一緒になってくれるね?」

「今度というのはいつ頃?」ルーシーは頰を赤らめて笑った。

「遅くとも二ヶ月後だろう。そのときには必ずきみをもらいに来る。おれたちの仲を引き裂くことは誰にもできやしない」

「父さんはどう言うかしら」

「鉱山の事業がうまく行けば、承諾すると言ってくださった。事業のほうはなんの心配もいらないよ。自信があるんだ」

「まあ、よかった。父さんとあなたのあいだで話がついてるなら、わたしの返事はひとつだけよ。迷いはないわ」

「ありがとう!」ホープは声を詰まらせて言い、身をかがめてルーシーに唇を重ねた。「さあ、これで話は決まった。ぐずぐずしていると別れがよけいつらくなる。仲間たちを谷で待たせているしね。さよなら、愛いとしいルーシー。元気でな。二ヶ月後にまた会おう」

 抱擁を解くと、ホープはひらりと馬にまたがり、猛然と駆けだした。ルーシーを再び目にしたら、離れ離れになる決意がぐらついてしまうとでもいうように、一度も振り返らなかった。ルーシーのほうは門の前にたたずんで、ホープをじっと見送った。やがて彼の姿が見えなくなると、ユタの誰よりも幸福を嚙かみしめながら、家のなかへ戻っていった。 


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