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第四章 禿げ頭の男の話(1)
日期:2023-11-07 16:10  点击:252
第四章 禿げ頭の男の話
 
 私たちはインド人の後に従って、照明の悪いのに加えて造作のひときわ悪い、うす汚れた、ありきたりの廊下を歩いていったが、やがて男は右側のドアに着くと、それを開け放った。まばゆい黄色の光が射してきて、その中に長い頭をした小男の姿が浮かび上がった……頭はすその辺りにこわい赤毛が生え、その中からてかてかの脳天が、まるでもみヽヽの木の間から山頂がのぞいているように突き出ていた。彼は立ったまま両手をもみ合わせていたが、顔は絶えず痙攣けいれんを起こしていて……笑い顔になったり、しかめ面つらになったりして、一瞬も休まることがなかった。生まれつき唇がたれ下がっていて、黄色い不揃いな歯並びが著しく目立つので、彼は絶えず片手を口元へ持っていって、それを少しでも隠そうとした。禿げ頭は人目を引いたけれども、若々しく見えた。事実、ようやく三十を越したばかりだったのである。
「ようこそ、モースタンさん」と彼は力のないかん高い声でくり返した。「ようこそ、紳士諸君。どうぞ、わたしの私室へお入り下さい。狭苦しい所ですがね、お嬢さん、しかし自分の好みに合わせて作ってあります。南ロンドンという荒涼たる砂漠の中の、芸術のァ、シスです」 私たちは招じ入れられた別室のたたずまいに、一様に目を見張った。うらぶれた家の中にあって、ここだけがまるで最上のダイヤモンドが金屑の中に置かれているように、場違いな印象を与えた。
    絢爛けんらん豪華の
    贅ぜいをつくした、カーテンやつづれ織りで壁は飾られ、あちこち、カーテンの引いてある所から、立派な額にはめられた絵や東洋の花瓶がのぞいていた。
    琥珀こはく色と黒の
    絨毯じゅうたんは、分厚くふわふわしていて、苔こけを敷きつめた上を歩くように、足が心地よく沈んだ。部屋を斜めに横切って敷いてある、大きな二枚の虎の皮は、隅の敷き物に置かれた大型の水ぎせるとあいまって、東洋的な豪華な雰囲気をいっそう盛り立てていた。鳩の形をした銀製の香炉が、目に見えないような細い金の糸で、部屋の中央に吊るされていた。それが燃えると、えもいわれぬ芳香が室内に充満した。
「サディアス?ショルト」小柄な男はいぜん顔面を引きつらせ、笑いを浮かべながらいった。「これがわたしの名前です。むろん、あなたがモースタンさん。で、こちらのお二方は……」「こちらがシャーロック?ホームズさん、こちらがお医者さんのワトスン先生です」「お医者さんのですが、ほう」少し興奮気味で彼は叫んだ。「聴診器をお持ちですか? あの、ちょっと……ひとつお願いがあるのですが。実はわたしは、僧帽弁のことで大そう不安を持っております。大動脈の方は大丈夫と思いますが、僧帽弁を先生に見ていただけると有難い」乞われるままに、私は心臓を見た。特に異状は認められなかったが、恐怖におびえきっているらしく、頭から足の先まで震えていた。
「異状はないようです」と、私はいった。「心配するようなことはありません」「あなたなら、わたしの不安に同情してくださるでしょう、モースタンさん」彼は陽気になっていった。「わたしはたいへんな苦労をしておりまして、いつも僧帽弁が悪いのではないかと不安でした。取り越し苦労と知ってほっとしました。モースタンさん、お父上だって、あんなに心臓に負担をかけなかったら、今でも元気でおられたはずです」 このような微妙な問題を軽々しく扱う、この男の無神経なやり方に、私は腹が立ち、横顔を一発なぐったやりたい気持ちだった。モースタン嬢は腰を下ろしたが、唇までが青ざめていた。
「父は死んだものと、心の中では思っておりました」と、彼女はいった。
「あなたには何もかもお話しするつもりです」と、彼はいった。「そのうえ、あなたには償いをしてさしあげたい。バーソロミュー兄が何といおうと、やるつもりです。こちらのお友達があなたの護衛役をしてくださるばかりでなく、これからのわたしの言動の立会人になってもらえるのは嬉しいかぎりです。三人寄ればバーソロミュー兄に堂々と立ち向かえます。だが、警官にしろ役人にしろ、部外者は入れないことにしましょう。人手を借りなくとも、私どもだけで満足のいく解決を見出すことができるでしょう。バーソロミュー兄が一番恐れているのは、表沙汰にされることなのです」 彼は低い長椅子に腰を下ろし、元気のない、うるんだ青い目をしばたたかせながら、問いただすようにこちらを向いた。
「こちらとしては」と、ホームズがいった。「そろそろ本題に入ってもらいたいですな」 私はうなずいてそれに同意した。
 

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