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第四章 禿げ頭の男の話(3)
日期:2023-11-07 16:12  点击:222
 一八八二年の初頭に、父に大変な衝撃を与えることになった一通の手紙が、インドからとどきました。彼はそれを開封した時、朝食のテーブルで気を失いかけ、それ以後、病いの床に伏したまま、死ぬまで回復しませんでした。手紙の内容は知る由もありませんでしたが、父が手紙を手にしている時、それが短い走り書きであることが見てとれました。何年も前から父は脾臓ひぞう肥大症にかかっておりましたが、それがこの時になって急速に悪化し、四月の末になると、彼は私たちに、もう治る見込みはないから、最後の遺言をしたいといい出しました。
     私たちが部屋に入った時、父は枕に支えられて身を起こし、苦しそうに息をしていました。ドアの鍵を掛けるようにいい、私たちをベッドの両側に呼び寄せました。それから、父は二人の手を握り、苦痛と興奮で声を途ぎれさせながら驚くべき事実を物語ったのです。父の述べた言葉をそのままお伝えしましょう。
『わしはこのいまわの際になって』と父は申しました。『ひとつだけ心に懸かかっていることがある。死んだモースタンの遺児のことだ。一生を通してわしを悩まし続けた、貪欲どんよくという忌わしい罪のために、わしは少なくともその半分は彼の娘のものとなるはずの宝を、一人占めにしてしまった。それなのにわしは、それを自分のために使ったわけでもなかった……欲とはそれほど思慮分別を欠くものなのだ。ただの所有感だけがかけがえのないものだったので、わしは宝物を他人とわかちあうなどということに、我慢がならなかった。そこのキニーネの瓶びんのそばに、真珠のじゅずがあるだろう。これはモースタンの娘にやるつもりで持ち出してきたものだが、それでも惜しくて手放せなかったのだ。おまえたちはあの娘にアグラの宝の正当な分け前をやってほしい。だが、何も送らんでくれ、わしが生きておるうちはな……じゅずもだ。これよりひどい病気にかかりながら、よくなった奴もいるのだからな。
 モースタンがどうして死んだかをいっておこう』 父は語り続けました。『あの男は何年も前から心臓が悪かったのだが、誰にもそれをしゃべらなかった。知っていたのはわしだけだ。インドにおった時、あの男とわしは、全く偶然が重なり合って、相当な宝物を手に入れることになった。わしはそれを英国へ持ち帰ったのだが、モースタンは帰国した晩、分け前を請求しにまっすぐここへやってきた。彼は駅から歩いてきて、もう亡くなったがわしの忠実なラル?チャウダーじいさんの取りつぎで家に入った。モースタンとわしは、宝物の配分のことで意見があわず、激しい口論となった。モースタンはかっとなって椅子からとび上がったが、そのとき突然、顔を土気色にして、脇を手で押さえながら仰向けに倒れ、その拍子に、宝物箱の隅にぶつけて頭を切った。
    屈かがんで見ると、驚いたことに、彼は死んでおった。
 長い間、わしはどうしたものかと考えながら、半ば心をとり乱して坐っておった。最初に思いついたことは、もちろん、助けを呼ぶことだった。だが、どうみてもわしが加害者にされることは明らかだ。喧嘩の最中に死んだこと、頭に傷口があること、これがわしにとって不利な証拠となる。それに、取調べを受けるとなると、わしがこれだけは内証にしておきたいと思った宝のことが明るみに出てしまう。あの男は、自分の居所を知っておるものは一人もいないといっておった。それなら、わざわざ人に知らせることもあるまい、とわしは思ったのだ。
 なおもこのことについて考えあぐんでおったが、ふと気がつくと、召使いのラル?チャウダーが戸口に立っている。忍び足で部屋に入るとうしろ手に錠を掛けた。「旦那、ご心配なさることはありません」と奴はいった。「旦那が殺したことは内緒にしておきましょう。死体を隠してしまえば分かりゃしませんよ」「わたしが殺したのではない」とわしはいった。ラル?チャウダーは首を横に振って、笑った。「旦那、みんな聞いちまったんです」と奴はいった。「喧嘩する声が聞こえて、殴る物音が聞こえました。でも、あっしは口の固い男です。家の者は、みんな眠ってまさあ。死体を隠しちまいましょう」 わしを決断させるに充分な言葉だった。自分の召使いでさえ、わしの潔白を信じてくれないのなら、十二人の愚かな陪審員達をどうやって納得させることができようか。ラル?チャウダーとわしは、その晩、死体を処分した。二、三日すると、ロンドン中の新聞が、モースタン大尉の奇怪な失踪について書きたてた。そういった次第なので、お前たちにはわしが潔白であることが分かってもらえるだろう。わしが犯した過ちは、死体ばかりか宝も隠したこと、それにモースタンの取り分まで横取りしてしまったことだ。だからお前たちにこの埋め合わせをしてほしい。ちょっと耳を貸せ。宝の隠し場所はだな……』 ちょうどその時、父の顔は恐ろしい形相に一変しました。ものすごい目つきで一点を見つめながら、口をぱっくり開き、忘れることのできない叫び声で『あいつを追い出せ。頼むからあいつを追い出してくれ』といいました。私たちは父の視線が注がれた窓の方を振り返って見ました。一つの顔が暗闇の中から私たちをじっと見ています。ガラスにぴったり押しつけられた鼻の、白くなった所が見えるのです。それはひげをたくわえた、毛むくじゃらの顔で、狂暴で残酷な瞳には、激しい憎悪の感情が現われています。兄とわたしは窓際へかけ寄りましたが、もう男の姿はありませんでした。父の所へ戻ってみると、すでに頭はがくりと落ちて、脈は止まっていました。
 

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