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第七章 樽のエピソード(5)
日期:2023-11-07 16:35  点击:289

「または、脱走したかだ……このほうがもっともらしいよ、なぜなら彼は、連中の刑期なら当然知っていたはずだからね。そんなに驚くことはなかったろう。さて、彼はどうするか? 義足の男を警戒するようになる……いいかね、それは白人だよ、なぜかというと彼は白人の商人をその男と勘違いして、実際に発砲したくらいだからね。ところで、地図に書いてあった名前の中で、白人のは一つだけだよ。あとはインド人か回教徒だ。ほかに白人はいない。だから義足の男はジョナサン・スモールだと確信をもっていえるんだ。この推理はおかしいと思うかね?」

「いや、明快にして簡潔だよ」

「では次に、ジョナサン・スモールの身になって考えてみよう。彼の立場から見てみるわけだ。彼は当然自分の権利であるはずのものをとり戻し、そのうえ自分を裏切った男に復讐をするという、二つの目的をもって英国へ来る。彼はショルトの居所をつきとめて、おそらく誰か家の者とわたりをつけたらしい。それは、まだぼくたちは会っていないが、ラル・ラオという使用人頭だ。バーンストン夫人によると、およそたちのよくない男だそうだ。しかし、スモールには宝物のありかが分からない、少佐と死んだ忠実な召使いのほかは誰も知らないわけだからね。突然、スモールは少佐が臨終の床にあることを知る。宝物の秘密まで一緒に死んでしまうと思うと、いても立ってもいられず、彼は危険をかえりみずに警備の間をぬって、ひん死の老人の窓際に近づくが、二人の息子がいるために、どうしても中には入れない。しかし、死んだ男に対する憎しみに狂ったようになって、彼はその晩部屋に侵入し、宝物に関する覚え書きでもないかと書類をひっかきまわした後、最後に訪問の記念を紙切れに走り書きして残していく。彼は万が一、少佐を殺せたらそんな書きおきを死体の上に残して、これはただのありふれた殺人ではなく、四人の連帯という点からいえば、一種の制裁だということを示すつもりだったらしい。この種の一風変わった奇抜なやり方は、犯罪史上ざらにあるもので、しばしば犯人を割り出すのに貴重な手がかりになる。ここまではよいかね?」

「うん、実に明快だよ」

「さて、ジョナサン・スモールは、どうすればよいか? 彼は、人が宝探しをやるところを、ひそかに監視するしかない。おそらく彼は英国を去って、ときどき帰国していたのかもしれない。やがて屋根裏部屋が発見されると、すぐに彼はそれを知らされる。またここでも、家の中に味方がいたことがわかるわけだ。義足のジョナサンにとって、バーソロミュー・ショルトの高い部屋にたどりつくのは全く不可能だからだ。しかし、彼は奇妙な仲間を連れていき、その仲間はこの困難を乗り越えるが、裸足の足をクレオソートの中につっ込む。かくして、トービーが登場し、アキレス 腱けんを痛めた休職軍医殿による六マイルのびっこの追跡が始まるわけだ」

「しかし、犯行を行ったのはジョナサンではなくて、その仲間のほうだろう」

「そのとおりさ。部屋に入ってからあたりをいらいらして歩きまわった形跡から見て、よほど腹立たしかったのだろう。彼はバーソロミュー・ショルトにうらみを抱いていなかったから、ただ縛しばりあげて、さるぐつわをかませるだけにしておきたかったんだ。彼だって縛り首は恐いからね。しかし、もはやどうしようもなかった。相棒が残忍な本能を発揮し、毒はまわってしまったのだからね。そこで、ジョナサン・スモールは紙切れを残し、宝物を下へおろして持ち去った。以上がぼくに解けるかぎりでの事件のいきさつだ。もちろん、彼の人相についていえば、彼は中年の男で、アンダマン諸島のような灼熱の地で服役していたから、陽焼けしているにちがいない。身長は、歩幅からすぐに判断がつくし、ひげを生やしていたことも分かっている。サディアス・ショルトが窓ごしに男を見かけた時、毛むくじゃらというのが印象に残った点だからね。ほかには別に問題はないだろう」

「相棒は?」

「ああ、そいつは大した謎じゃないよ。もうすぐきみにも分かるさ。朝の空気は何とさわやかなことだろう! 見てごらんよ、あそこに浮かんでいる小さな雲は、巨大なフラミンゴの桃色の羽根みたいだな。太陽の赤いふちが、ロンドンをおおう雲の堤にせりあがってきている。たくさんの人々が陽の光を浴びているわけだが、本当にこのぼくらほど奇妙なことにかかわりあっている者はいないのだよ。けちな野心をいだいて汲々きゅうきゅうとしているわれわれは、自然の偉大な力の前では何とちっぽけな存在に見えることだろう! きみはジャン・パウル〔ドイツのロマン派の作家〕にくわしいかね?」

「まあ、いちおうはね。カーライル〔十九世紀のイギリスの哲学者〕から入っていったんだ」

「それは小川を遡さかのぼって、水源の湖へ出るようなものだな。彼は、一見奇妙だが、深遠なことをのべているよ。つまり、人間の真の偉大さとは、おのれの 矮小わいしょうさを悟ることだというんだ。それ自体崇高さの証しであるところの比較能力と認識力の存在を説いているわけだ。リヒターの作品には思想の糧かてとなるものが多いよ。きみは拳銃を持っていないね?」

「ステッキがあるよ」

「一味の巣窟に踏み込む時、武器のようなものが必要かもしれない。ジョナサンはきみにまかせるが、相棒のほうが下手へたなまねをしたら、射ち殺してやろう」

そういうと彼は拳銃をとり出し、弾倉に弾を二発こめると、上衣の右のポケットにしまいこんだ。


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