「ぼくにも葉巻をくれよ」と彼はいった。
私たちは椅子の上で飛び上がった。私たちのすぐそばに、ホームズが愉快そうに坐っているではないか。
「何だ、ホームズか!」私は叫んだ。「帰ってきたのか! しかし、あの老人はどこへ行ってしまったんだ?」
「老人はここさ」彼はひとつかみの白髪をさし出しながらいった。「ここにいるよ……ほら、かつら、頬ひげ、まゆ毛だ。変装はわれながら、かなりうまいと思ったけれど、これほど成功するとは思わなかった」
「何だ、人騒がせな!」とジョーンズは実に楽しそうに叫んだ。「きみならたぐいまれな役者になれますよ。咳をするところなど養老院の老人そっくりだし、よぼよぼの歩き方だけでも週十ポンドの値打ちはある。でも、ぼくには目の輝きで分かりましたよ。そう簡単にぼくらをだませるもんじゃないです」
「一日こんな身なりでやっていたんです」彼は葉巻に火をつけながらいった。「たくさんの犯罪人達がぼくのことを知り始めていましてね……特にこの先生がぼくの扱った事件を本に書くようになってからですがね。それでこんな具合に、簡単な変装でもしないと、出動できなくなったんですよ。電報とどきましたね?」
「ええ、それで出かけてきたわけですがね」
「首尾はどうでした?」
「骨折り損でした。容疑者を二人釈放して、他の二人に関しても証拠がないし」
「くよくよしなさるな。そのかわりに別の二人を教えてあげますよ。ただし、ぼくの命令に従ってもらわなければならない。公的な名声はあなたのほしいままですが、ただぼくのいう線で行動していただきたい。よろしいですか?」
「もちろんですとも。犯人を教えてもらえるなら」
「それなら、まず早い警察艇……汽艇ランチを……七時にウエストミンスター桟橋へまわしていただきたい」
「それはすぐにでも手配できます。あのあたりには、いつも一隻配置されているはずですが、ちょっと電話して確かめて見ましょう」
「それから、手ごわい相手だといけないから、屈強な男を二人」
「船には常にそういうのが二、三人乗ってますよ。他には?」
「連中を逮捕すれば、宝は見つかります。それで宝の箱は、その半分に対して当然の権利をもっている、例の若い婦人のところへ運び、まずその方に開けさせてほしいのです。そうするとこの男も喜ぶでしよう。そうだろう、ワトスン?」
「そうしてもらえれば、大変嬉しいよ」
「前例のないやり方だ」とジョーンズは首を振りながらいった。「もっともこの事件自体、前例のないものだから、そのくらいは目をつぶっておきましょう。宝はその後、正式な調査がすむまで、当局へ引き渡さなければいけませんよ」
「もちろん。それはたやすいことです。それにもう一つ。ぼくはこの件に関してジョナサン・スモール自身の口から確かめたいことが二、三あります。手がけた事件は全部自分で解決したいものですからね。しかるべく看守をつけた上で、この部屋なり他の場所で、彼と個人的に面会させてもらえませんかね?」
「事の成否は、あなた次第ですからね。こっちはジョナサン・スモールなる人物がいるかすら分かっていないんです。あなたが自分でその男を捕えるのなら、面会するなとはいえませんよ」
「それなら、了解ですね?」
「そのとおり。他に何か?」
「ご一緒に食事をおつき合い願いたいですな。三十分で支度ができます。カキとうずらのひとつがい……それに、白ぶどう酒のちょっとしたのがありますよ。ワトスン、きみはぼくが家政夫としても一流なのをまだ知らなかっただろう?」