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第十章 島人の最後(4)_四つの署名(四签名)_福尔摩斯探案集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

「くべろ、もっとくべろ!」とホームズは機関室を見おろしながら叫んだが、下からの強烈な火焔が、彼の真剣な、 鷲わしのような顔を照らし出した。「出せるかぎりの馬力を出せ」

「少し接近したようだ」とジョーンズがオーロラ号に目をやったままいった。

「そうだ」と私はいった。「もうすぐ追いつくぞ」

 しかしその瞬間、魔がさしたように、三隻のはしけを曳いた引き船が、うっかりわれわれの前方に割り込んできた。思いきり下げ舵を取ったために衝突はまぬがれたが、引き船をよけて態勢を立て直した時には、オーロラ号との距離は二百ヤードも離れていた。しかし、その姿はよく見えたし、一方では、ほの暗く頼りない薄明は、やがて晴れわたった星月夜に変わろうとしていた。汽罐は今にも破裂しそうで、船を推進する猛烈な力に、きゃしゃな船体は震動し、きしんでいた。われわれはプール〔ロンドン橋からライムハウスまでの水域〕を通り、西インド会社のドックを過ぎ、長い水域を下り、犬の島アイル・オブ・ドッグズをまわって、再び上流に向かった。前方のくすんだ青い船体は、やがて優美なオーロラ号となって、くっきり姿を現わした。ジョーンズが探照灯を当てると、甲板にはっきりと人影が見えた。船尾の人影は、両膝の間に黒いものをはさみ、その上にかかんでいた。そのわきに、黒い固まりが横たわっていたが、ニューファウンドランド犬のように見えた。少年が舵柄を取っていた。火室から照り返す赤い光の中に、上半身裸になって、必死に石炭を放り込むスミスの姿が浮かび上がった。

 最初、彼らはわれわれに追跡されているのが、半信半疑のようだった。しかし、彼らが曲がったり進路を変えたりするごとに、われわれがつけて行くので、もはやそれについて疑いはなかったにちがいない。グリニッチのあたりでは、あと三百ヤードほどに迫った。ブラックウェルでは二百五十ヤードに接近した。私は変化に富んだわが人生において、あちこちでさまざまな獣を追ったことがあるが、このテムズ河での気狂いじみた人間狩りほど、荒々しいスリルに満ちたものはなかった。われわれは一ヤードずつ着実に接近していた。夜の静けさを縫って、敵の船のエンジンの音が聞こえた。船尾の男はいぜんとして甲板にうずくまり、忙しそうに両手を動かしていた。そして時々顔をあげてわれわれとの距離を目測した。われわれはさらに肉薄した。ジョーンズは止まれと叫んだ。われわれは四艇身の距離まで迫り、両船は共に猛烈な速度で走った。一方にバーキング低地、他方にプラムステッド湿地帯が見渡せる、見通しのよい水域に出た。われわれが大声で呼ぶと、船尾の男が立ち上がり、両手のこぶしをこちらに向かって振りまわしながら、かん高いしわがれ声で何やらわめいた。大柄の腕っぷしの強そうな男で、両足を開いて、バランスを保ちながら立っていたが、よく見ると、右足は大腿部から下が義足だった。男の耳ざわりなののしり声で、甲板にうずくまっていた固まりがもぞもぞ動き出した。体を伸ばすと、それは小さな黒人で……かつて私が見た中でも最も小さかった……大きな不格好な頭と、くしゃくしゃにちぢれた髪の毛をしていた。

     ホームズはすでに拳銃をぬいていたが、私もこの不気味な野蛮人を見て、自分のを取り出した。男は黒い外套か毛布のようなものにくるまっていて、わずかに顔がのぞいているだけだったが、その顔でさえ、見る者を眠れなくさせるようなものだった。あれほど獣性と残虐性が深く刻まれた顔を、私はこれまで見たことがない。小さな目に陰うつな光を浮かべながら、彼は分厚い唇の間から歯をむき出し、狂暴な動物のようにわれわれをいかくした。

「あいつが手を上げたら射て」とホームズは静かにいった。

 すでに私たちは一艇身のところに迫り、ほとんど獲物に手がとどかんばかりだった。二人の男たちの立った姿が今でも目にちらつく……白人は両足をふん張って立ちながら、かん高い声でわめきちらし、恐ろしい顔をした悪魔のような小男が、鋭い黄色い歯をむき出しにして、歯ぎしりしているのが灯火に浮かび上がったのだ。

 小男の姿がはっきり見えたのは幸いだった。私たちが見ている前で、彼は隠し持っていた短い筒形の、定規のような木片を取り出すと、それを口に当てたのだ。 私たちの拳銃が一斉に鳴った。男はもんどりうって、両手を泳がせ、喉をつまらせたように咳き込むと、舷側から川の中へ落ちた。その毒を含んだ、威嚇するような目が、白く渦巻く水中に消えるのが一瞬見えた。そしてその時、義足の男が舵に飛びつき、下手一杯にかじを切ったので、船はまともに南岸に向きを変え、こちらの船尾の二、三フィートしか離れていないところを、かすめるようにしてすり抜けた。

   ただちに進路を変えて追跡にかかったが、向こうはすでに岸に近づいていた。そこは荒涼とした場所で、淀よどんだ水たまりと、枯れた植物ばかりの広大な沼地を、月がおぼろに照らしていた。船は鈍い衝撃音と共に泥の土手に乗り上げ、船首を宙に突き出し、船尾を水に浸した。逃亡者は船から飛び降りたが、そのとたんに、義足が泥の中へ根元までずぶりともぐってしまった。あせってもがいても無駄だった。前にも後にも、一歩も踏み出すことができなかった。彼は腹立ちまぎれに空しくわめきちらしながら、もう一方の足で狂ったように泥を蹴けったが、あがけばあがくほど、義足はぬかるみの中に深くもぐっていった。われわれが船を横づけにした時には、男はもう完全に身動きできなくなり、仕方なく私たちはその肩にロープをかけて引っ張り出し、邪悪な魚を扱うように、引きずって連れてきた。スミス父子は、仏頂面をして汽艇ランチの中に坐っていたが、命令されると神妙に船外へ出た。オーロラ号は引っ張って岸から離し、こちらの船の船尾につないだ。インドの職人が作ったがん丈な鉄製の箱が甲板にあった。これこそショルト一族の不吉な財宝の入っている箱に相違なかった。鍵はなかったが、かなりの重さなので、私たちは細心の注意を払って、船の小さな船室へ運んだ。ゆっくり上流へ引き返す時、四方を探照灯でくまなく照らしたけれども、あの島人の死体は見つからなかった。テムズ河の暗い川底の軟泥のどこかに、英国の岸辺を訪れたあの不思議な訪問者の骨が、今も眠っているはずだ。

「ここを見てごらん」と木造の昇降口ハッチを指しながら、ホームズがいった。「拳銃を射つのがもう少しでも遅れたら大変なことになったろう」

 確かに私たちが立っていたすぐ後ろに、見覚えのある例の毒矢が刺さっていたのである。こちらが発砲した瞬間に、私たちの間をかすめて通ったに違いなかった。ホームズはそれを見て、くったくなく笑い、肩をすぼめたが、正直いって私は、あの晩、私たちのすぐそばを通り抜けた恐ろしい死のことを思って、胸が悪くなった。


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11/28 18:44