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二 バスカーヴィル家の呪い(6)
日期:2023-11-09 15:47  点击:291

「ホームズさん、サー・チャールズ・バスカーヴィルの死に関して一般に知られているこ

とといえば、こうしたことなんです」

「いや、どうも」ホームズが言った。「興味のある特徴をいくつか持っている事件に僕の

注意を向けて下さったことを感謝します。実はそのおり新聞で読んではいたんですが、

ヴァチカンのカメオ浮彫玉に関するちょっとした事件に夢中だったものですからね。ロー

マ法王を安心させようと思ってる間に、イギリスで起こった面白いやつを二、三取り逃し

てしまいましたよ。で、この記事が世間に知られている事実の全部ってわけですね」

「そうです」

「じゃ、公けになってないのをきかせて下さい」椅子に背をもたせて指先をつき合わせる

と、泰然 たいぜん と裁きでも与えるような顔をした。

「ええ、お聞かせしますが……」モーティマーは何か激しい感情の動きを顔にあらわして

いた。「誰にも打ち明けていないものをお話ししようと思うんです……検死官から聞かれ

たときにも答えなかったというのも、実は科学を信じる者が世間の迷信を認めている、と

思われるのを怖れたためなんです。そのうえ、新聞にも出ていましたとおり、現に気味の

悪い噂 うわさ が立っているのに、これ以上その種をまいては、いよいよ後継 あとつ ぎがなくなると

思ったからです。まあこんなわけで、あまりしゃべらないほうがいいと思っていました

が、そうしたところで、これ以上よくなりっこなし、またあなたには何も包み隠す理由も

ありませんので。

 その沼地帯というのは、あまり人の住んでないところで、それで近所に住まっている者

同士はかえってよく顔を合わすわけです。こんなわけでサー・チャールズ・バスカーヴィ

ルとはよくお会いしたもんです。ラフター邸のフランクランド氏と博物学者のステイプル

トン氏を除けば、あの辺の数マイル以内に教育のある者はおりません。サー・チャールズ

は隠退しておられたんですが、たまたま病気になられたことから近づきになり、とくに科

学に興味をもったもの同士として、じっこんになったわけです。サー・チャールズは南ア

フリカから科学の資料をずいぶん沢山持ち帰っておられ、ブッシュマンとホッテントット

の比較解剖学について論じ合ったりして、しばしば楽しい夜を過ごしたもんです。

 ここ数か月、サー・チャールズの神経組織が極度に緊張して危険な状態に達しているこ

とが、ますますはっきりしてきました。いまお聞かせしました伝説に取り憑 つ かれでもした

ようになって、屋敷の中を散歩するのだけはやめませんでした。夜にはどんなことがあっ

ても沼地を歩こうとはしなかったんです。

 こんなこと、あなたには信じられないでしょうが、ホームズさん、でも彼は恐ろしい運

命の呪いが自分の家にふりかかっている、と信じこんでしまい、祖先のことでは心をなご

めることのできる記録も何の励ましにもならなかったんです。何か物の怪 け に絶えずつきま

とわれていると思いこみ、私が夜診察に行ってるときに、何か怪しいものを見なかった

か、犬の吠 ほ え声をきかなかったか、などとたずねたことも再三ありました。ことに犬のこ

とはしきりで、その声は興奮にふるえていたもんです。

 今度の不幸が訪れる三週間ばかり前のある夜、私は屋敷へ馬で行ったことがありました

が、そのときのありさまをはっきり覚えています。サー・チャールズはちょうど戸口に居

合わせて、私が馬車を降りて彼の前に立ちますと、何か怖ろしいものでも見たように目を

すえ、恐怖におののいた顔つきで、私の肩越しに向こうを見ているんです。私も振り返っ

て見ると、そのとき一瞬、何か大きな黒い小牛のようなものが車路の入口をちらっと行き

すぎるのを見たんです。サー・チャールズがあまり興奮しているので、私はやむを得ず、

その変なものがいたと思われる場所へ行って、あたりを見まわしましたが、何も見えませ

んでした。しかし、このことが彼の心にただならぬ打撃を与えてしまったんです。

 その晩、ずっとそばにつきっきりでしたが、そのときです、彼が自分の恐怖を説明し、

さっきお読みした文書を私に託したのは……。これは何でもないことなんですが、ついで

起こった悲劇と重大な関係があるようですからお話ししました。事実、私だって、つまら

んことだ、何も彼が騒ぎ立てるには当らんじゃないか、と考えていたんです。

 それからサー・チャールズがロンドンへ行くことになったのも私の助言によるもので

す。ただでさえ心臓が悪いのに、こう四六時 しろくじ 中びくびくしていたんでは、たといそれが

妄想によるものであっても、健康上はなはだよくないことだし、ロンドンで二、三か月

も、うさばらしをすれば気持も変わるだろうと考えました。ふたりの友人であるステイプ

ルトン氏も彼の健康にずいぶん気をつかってくれて、やはり私と同意見でした。ところが

その間際になって、あの恐ろしい破局がやってきたんです。

 サー・チャールズ急死の当夜、執事のバリモアが最初に死体を見つけ、馬丁 ばてい のパーキ

ンズを馬でよこしてくれました。その晩、ちょうどおそくまで起きていましたので、一時

間とかからずに屋敷へかけつけることができました。私はのちに検死のおりに述べられた

すべての事実を照らし合わせ、確かめました。足跡をたどって《いちい》の並木路へ出る

と、沼地へ出る小門のところで立ち止まったらしい形跡があり、足跡の形が変わっていま

した。ほかの足跡といえば、バリモアのものがやわらかくなった砂利道に残っているだけ

でした。最後に死体を注意深く調べましたが、これは私が来るまで誰にも触れられなかっ

たものです。

 サー・チャールズはうつ伏せに倒れ、腕をのばして手は土をつかむように指を土の中に

突っこんでいました。顔は激しい恐怖にひきつり、これがサー・チャールズだと断言する

こともできかねるほどでした。体に傷は認められませんでした。だが一つ、バリモアは検

死のとき、間違った陳述をしています。それは死体の近くには足跡らしいものは何も見な

かったといっているのですが、いや、実際彼は何も見なかったわけでしょうね、しかし私

は見たのです……少し離れてはいるものの、つけられたばかりの、はっきりしたも

の……」

「足跡ですか?」

「ええ、足跡です」

「男のですか、女のですか」

 モーティマー医師は、ふと、いぶかしげに私たちを見たが、急に声を落すと、ささやく

ばかりに答えた。

「ホームズさん、それが、ものすごく大きな犬の足跡だったんですよ!」

 


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