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五 断たれゆく頼みの綱(5)
日期:2023-11-09 15:59  点击:248

「この親友が引き受けてさえくれれば。万一の場合、あなたの側にいて彼ほど頼りになる

人物はありますまい。誰よりもこの私が、確信をもってそう言うことができます」

 いきなり切り出されたこの提案に、私はすっかり驚いてしまったが、その返事をしない

うちにバスカーヴィルは私の手をとって、しっかりと握りしめた。

「ああ、そうですか。ワトスン先生、本当にありがとうございます。先生でしたら、私の

こともよくご承知の上、この事件の内情について私同様にご存じですから、バスカーヴィ

ル邸にお出で下さって、ずっと私をお助け下さったら、ご恩は一生忘れません」

 何かありそうだという冒険への期待は、いつも私の心を抑えがたいまでに熱狂させるの

だ。そのうえ、ホームズは私を推薦してくれるし、この准男爵からは、まるで十年の知己 ち

き のように、親しい信頼の言葉で期待されるに至っては。

「よろこんで、お供しましょう」私は決心して口をきった。「これほど私の時間を有効に

使う仕事はないと思いますよ」

「その折は慎重に報告するんだよ」ホームズは言った。「もし事が起きたら……どうも何

事か起こりそうだがね、そのときにはどうしたらいいか策をさずけるからね。土曜日まで

には準備できるだろうね」

「大丈夫でしょうか、ワトスン先生」

「大丈夫です」

「それでは変更の通知を出さない限り、土曜日十時三十分、パディントン発の列車でお目

にかかりましょう」

 これで別れて立ち上がったそのとき、サー・ヘンリーは喊声 かんせい をあげて部屋の一隅に飛

んで行き、飾り棚の下から赤靴を片方引き出した。

「ほら、なくした靴ですよ!」大きな声を出した。

「万事そのように簡単に片づいてくれるといいんですがね」シャーロック・ホームズが

言った。

「しかし、おかしいこともあるんですね」モーティマー医師が言った。「私は昼食前に、

この部屋をたんねんに調べたんですがね」

「僕だってそうです。隅から隅まで」バスカーヴィルもいった。

「探したときには、たしかに靴はなかったんです」

「それじゃ、われわれが食堂へいってる間に、あの給仕がそっと戻したんですね」

 そんなわけで、ドイツ人の給仕が呼ばれて来たが、何も知らないという。あれこれ尋ね

てみても、何ひとつとしてはっきりしない。結局、昨日から相次いで起こった、一見偶然

とも思われる一連の不可解な事件が、またしてもひとつふえたことになっただけである。

 サー・チャールズの変死にまつわる不気味な話はさておき、われわれはわずか二日の間

に、まず、切りはり細工の手紙、それから馬車の中の黒髯 ひげ の男、新しい赤靴の盗難、次

いで黒靴の紛失、そして、どこから現われたのか、失われた赤靴の出現……と、不可解き

わまる事件が踵 きびす を接して起こるのを見たのだ。

 ホームズは黙然と、ベイカー・ストリートへ帰る馬車に腰をおろしていた。その緊張し

た眉や鋭い顔つきから、彼もまた私同様、この奇怪な、見たところ関連性のない事件の続

発を、いかに組み立て、結びつけようかと骨折っているのがわかるのだった。

 その日の午後一杯、日暮れになっても、ホームズは紫煙をくゆらせ続け、深い思いに耽 ふ

け っていた。夕食の直前に電報が二本来た。


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09/30 23:29