日语学习网
五 断たれゆく頼みの綱(7)
日期:2023-11-09 16:00  点击:257

しばらくは唖然 あぜん として口もきけないありさまだったが、やがて大きな声で笑いこけた。

「やられたね、ワトスン君、見事にしてやられたよ。敵も我に劣らぬ見事な変幻自在ぶり

だ。いや、今度こそはきれいに一発食ったかたちだ。ううむ、その名はシャーロック・

ホームズか……そうだったね」

「そうでがす、それがあの旦那の名前なんで」

「うむ、それで、どこで乗せたんだね。それからあった事をすっかり聞かせてくれ」

「九時半にトラファルガー広場で呼びとめられましてね。俺は探偵だが、今日一日じゅう

何もいわずに俺の言う通りに動いてくれたら二ギニー出す、という話でがす。いやも応も

こんなうめえ話はねえんで、承知しやした。まずノーサンバーランド・ホテルへ行って

待ってるてえと、紳士がふたり出て来て道ばたに並んでる馬車を拾ったんでがす。それか

らずっと、何でも、どこかここいらあたりで止まるまで尾行 つけ て来たわけで」

「それがまさしくこの家さ」ホームズが言った。

「なるほど。あっしにははっきりわからなかったけど、あの旦那は何もかも心得てる様子

でやした。で、こっちはこの通りの中ほどに馬車を止めて、さて、ものの一時間半も待ち

ましたっけが、やがてさっきの紳士連が歩いて出て来たんで、やり過ごしてからベイカー

街をずっと尾行して、それから……」

「知ってる」

「リージェント街を四分の三も走らせたとき、旦那がいきなり引き窓を開けて、できるだ

け速くウォータールー駅へすッ飛ばせ、てえんで、あっしゃ、うちの牝 めす 野郎にひとむち

くれて、十分も経たねえうちに着いたんでがす。旦那は気前よくちゃんと二ギニー下すっ

て、駅へはいりかけたが、そのとき、ちょっとこっちを振り向いて、《今日はシャーロッ

ク・ホームズ氏を乗せたということを覚えておけば、何かと面白いこともあるさ》とおっ

しゃったんで。だから名前を知ってるようなわけなんで」

「わかった。その後、その人を見かけないかね」

「駅が最後で、その後は」

「で、シャーロック・ホームズ氏てのはどんな人なんだい」

 馭者は頭をかいた。「へえ、そいつがどうも、なかなか思うようには話せないような人

で、まあ年のころ四十ぐらい、背丈は中くらいで、旦那より二、三インチがた低うがし

た。身なりはなかなかハイカラで、まっ黒のあご髯の先を四角に刈り込んで、顔色の青い

方でしたが、まあ、あっしに話せるのはそれくらいのもんでがす、旦那」

「目の色は?」

「覚えてませんなあ」

「ほかに何か思い出せないかね」

「いや、旦那、もうねえです」

「そうかい。じゃ、半ポンド置くからね。また何か知らせてくれるようだったら、もう半

ポンドが君の来るのを待ってるわけだからね。どうもご苦労さん」

「こいつあどうも、じゃ旦那、ごめんなすって」

 ジョン・クレイトンがにやにやしながら姿を消すと、ホームズは私のほうをむいて、ひ

とつ肩をすくめると、残念そうに苦笑した。

「第三の綱も切れてしまったね。結局、振り出しへ後戻りさ。しかし狡猾 こうかつ きわまる奴

じゃないか。ここの番地も、サー・ヘンリーが僕に相談に来たことも知ってるし、リー

ジェント街では、すぐ僕に目星をつけるし、僕が馬車の番号から、馭者を調べることを承

知して、あんな大胆なせりふを使うし。ねえ、ワトスン君、こんどの奴こそは相手にとっ

てまったく不足のない好敵手だよ。僕もロンドンでは煮え湯をのまされたよ。僕はただデ

ヴォンシャーでの君の幸福を祈るばかりだが、何だか少しばかり不安なんだよ」

「何が?」

「君をやることがさ。ワトスン君、こいつぁ、厄介な、危い役目なんだよ。考えれば考え

るほど、気乗りがしなくなる。ねえ、君、君は笑うかもしれないが、やはりここで言って

おかねばらないのは、君がつつがなく、元気でベイカー街へふたたび帰って来てくれるこ

とを祈ってるってことなんだ」

 


分享到:

顶部
09/30 23:37