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六 バスカーヴィル邸(2)
日期:2023-11-13 13:27  点击:236

 ずっと遠ざかったプラットフォームを振りかえると、ホームズの厳 いか めしい長身が認め

られた。それは身動きもせず、消えてゆくわれわれをじっとみつめていた。

 その旅は速く快適なものだった。その間、私はモーティマー医師のスパニエル犬と戯れ

ながら、ふたりの友人ともさらに親しくなった。汽車が二、三時間と走らないうちに褐色

の土地は赤味をまして、煉瓦 れんが 造りの家はひなびた花崗岩 みかげいし 造りに変わっていた。立派

な柵をめぐらした牧場では赤牛が草を食 は み、青々とした草や、豊かに生い茂った樹木は、

湿気の多い気候ではあっても、土地の豊かさを物語っていた。若いバスカーヴィル邸主

は、窓外にうつりゆく景色をじっと見つめて、なつかしいデヴォンシャーの景物を認める

と、喜びのあまり嬉しそうな声を出した。

「ワトスン先生、ここを離れてから、世界のあちこちをずいぶん見て歩きましたが、比較

できるようなところはどこもなかったですね」

「デヴォンシャーの方は、みんなお国のことを自慢なさるようですね」私は感じたままを

言った。

「それは、土地が肥えているのはもちろんのこと、血統にもよるんです」モーティマー医

師が言った。「この方をみてもわかるように、この頭の丸みはケルト族の特徴です。その

中には、ケルト民族の情熱と深い愛着の力が秘められています。あの故サー・チャールズ

の頭は非常に珍しもので、ゲール族とイヴェルニア族の特徴を併 あわ せもっていました。で

もあなたがバスカーヴィル邸を最後にごらんになったのは、まだずいぶんお若い頃なんで

しょう?」

「父が死んだのが、まだ僕の十代の頃で、しかも南部海岸の小さな家に住んでいましたの

で、屋敷は一度も見たことがないんですよ。それからまっすぐ、アメリカにいる友人の許

へ行ったでしょう。だから、ワトスン先生同様、この地はまったく珍しいんです。沼地一

帯が見たくて見たくて、うずうずしてるんですよ」

「そうなんですか。じゃあなたの望みはすぐかなえられますよ。ほら、いまあなたは沼地

をはじめてごらんになってるわけです」モーティマー医師は窓の外を指さした。

 四角に区切られた緑の牧場やおだやかにうねり続く低い木立のかなたには、遠く灰色の

陰鬱な丘が見える。そのぎざぎざの頂 いただき はうすぼんやりと遠景の中にとけこんで、夢の中

のある幻想的な風景のようであった。バスカーヴィルは身じろぎもせず、じっとそれに見

いっていた。先祖代々、彼の一族が長きにわたって治め、その名を深く人々の心に遺して

きた土地を、いまはじめてまのあたりにするに当って、彼の感慨はいかばかりか……それ

を私は彼の熱心な表情のなかに読みとったのである。

 殺風景な客車の一隅に、ツイードの服を着てじっと腰掛けているアメリカ靴の男……だ

が、その浅黒い表情豊かな顔を見るにつけ、私は気高く、気性の激しい支配者の血を、長

いあいだ受けついで来た人であると、今さらながら深く感じるのであった。濃い眉や感情

の鋭さをあらわす鼻の線や、その淡褐色の大きな目とは、誇りと勇気と力をあらわしてい

る。これから、あの不気味な沼地を探索しようとするわれわれの前に、もし何かの困難や

危険が横たわっていようとも、本人みずから進んで行動を共にするのは確かだから、誰

だって、喜んで危険をおかす気になれるような男なのである。

 汽車がある小さな田舎駅に停 と まると、われわれはそろって下車した。低い白ぬりの柵の

向うには、馬を二頭つけた遊覧馬車 ワゴネット が待っていた。この小駅にとっては、われわれ三

人が来たのがよほどの大事件だったらしく、駅長までがポーターと一緒になってわれわれ

につきまとい、荷物を運び出してくれた。


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