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七 メリピット荘のステイプルトン兄妹(6)
日期:2023-11-13 13:48  点击:258

「いやしくもあなたは教育がおありになる。まさかそんな馬鹿げた言い伝えを真 ま にうけて

いらっしゃるわけじゃないでしょう」と私はいった。「いったいあの変な音はなんだとお

思いですか」

「沼地というやつは、ときどき妙な音をたてるんです。あれは、泥が陥没するとか、水が

噴き出すとか、何かそういった音でしょうね」

「いや、いや、あれは生き物の声でしたよ」

「ええ、あるいはそうかもしれません。あなた、《さんかのごい》という鳥の鳴き声を聞

いたことがおありですか」

「さあ、ありませんねえ」

「イギリスには、もうなかなかいない鳥でしてね。絶滅したのも同然なんですが、しかし

この沼地には何が棲んでいるかわからないですからね。さあ、ことによると、さっきの声

は、《さんかのごい》の生き残りの声だったかもしれませんねえ」

「とにかくあんなに物すごい、不思議な音は聞いたこともありませんよ」

「たしかにまったく気味の悪いところですからね。あちらの丘の中腹をごらん下さい。あ

れは何だとお思いです?」

 険しい丘の横腹一面に、丸く積んだ灰色の石の輪が散在して、見たところ二十以上はあ

るようだった。

「何です、羊の囲いですか?」

「ところが、あれは、誇るべきわれわれ祖先の住居なんですよ。この沼地のあたりには先

史時代の人間が密集して住んでいたんですが、その後、べつに住みついた人間がいなかっ

たので、彼らの遺物がそっくりそのまま残ったというわけです。あれはつまり、彼らのさ

しかけ小屋で、屋根だけ朽ちてなくなったんですね。なんなら行って、中をごらんになる

と、暖炉や寝床まで残っていますよ」

「まるでひとつの町ですね。いつごろ住んでいたんですか」

「新石器時代の人間ですが、何年前かはわかりません」

「何をして暮らしていたんですかね」

「この辺の斜面で放牧をしていたんですね。それに青銅の剣が石の斧にとってかわるよう

になると、錫 すず の採掘もやっているんです。ほら、反対側の丘に大きな濠 ほり が見えるでしょ

う。あれがその跡です。ええ、ワトスンさん。この沼地はいろいろ変わったものがありま

すよ。あっ、ちょっと失礼。あれはたしかにキクロピデスだ」

 小さな蝿か蛾 が のようなものが一匹、ふたりの歩いている小道をよぎって飛んでいったの

を、ステイプルトンはたちまち猛烈な勢いで駈け出して追いかけた。

 虫がまっすぐ、底なし沼のほうへ飛んでゆくので、私は気が気でなかったのだが、この

新しい知人ときたら、一瞬も立ち止まるどころか、緑色の捕虫網をふり立てふり立て、草

むらから草むらへと跳びうつりながら追いかけるのである。灰色の服といい、ヒョイヒョ

イと不規則なジグザグを描いて跳びはねる恰好といい、まるで彼自身が大きな蛾 が のような

感じだった。私は立ち止まって、彼の驚くべき追跡ぶりに舌を巻いたり、人食い沼に足を

とられはしまいかとはらはらしながら、目であとを追っていた。

 と、そのとき、ふと足音がするのに気がついてふりかえると、ひとりの女が、同じ小道

の、しかもすぐ傍 かたわ らまでやって来ていた。その女は一条の煙からそれと知れるメリピッ

ト荘の方角から歩いて来たのだが、途中が窪地 くぼち になっているせいで、そんなに近くなる

まで姿が見えなかったものとみえる。


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