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九 ワトスン博士の第二報告(2)
日期:2023-11-13 14:52  点击:258

 サー・ヘンリーは、先代サー・チャールズの時代に種々の設計を依頼した建築業者やロ

ンドンから来た請負業者と交渉をしていたので、この屋敷も間もなく面目を一新するだろ

うと思う。プリマス市から室内装飾師や家具屋も来ている。サー・ヘンリーには大きな計

画があって、家系の威厳を回復するためなら、どんな費用も労力も惜しまない気持でいる

ことは明らかだ。家が修繕され、新しい調度も備えられてみると、後は妻を迎えれば、彼

に必要なものはみな揃うことになる。

 二人だけの話だが、あの女性がその気になれば、なに不足なくなるきざしは、しごく

はっきりしているのだ。サー・ヘンリーが、あのお隣りの美しいミス・ステイプルトンへ

の惚れこみようといったら、今まで女に夢中になったどの男にも見たこともないくらいだ

からね。だが実際のところ、この恋愛は見かけに反して、どうも期待どおりにはうまく

行っていない。たとえば今日だが、まったく意外な波紋にかき乱され、彼はえらく当惑懊

悩 おうのう してしまったのだ。

 あのバリモアのことでかわした要談のあと、サー・ヘンリーは帽子を被 かぶ って、出かけ

る用意をしていた。僕も当然のこととして同じく用意した。

「おや、ワトスン先生。あなたもいらっしゃるんですか」けげんそうに僕を見ながら、彼

がきいた。

「あなたが沼地のほうへいらっしゃるのでしたらね」

「ええ、そこへ行くんですが」

「私の受けた訓令をご存じでしょう。立ち入ったことをするのは恐縮ですが、ホームズが

あれほど、しきりに、あなたの側を離れちゃいけない、とくにあなたひとりで沼地に出さ

しちゃいけない、と言ったのを聞いていらっしゃいますね」

 サー・ヘンリーは僕の肩に手を置いて、微笑を浮かべた。

「ワトスン先生。ホームズさんがどんな知恵を持っていらしても、僕が沼地へ来てからど

んなことが起こったか、予見できるものじゃありませんでしたね。解っていただけます

か。あなたはまさか人の興を殺 そ ぐようなことはいたしますまい。私ひとりで出かけます」

 僕はえらく厄介な立場に立ってしまった。どう言っていいのか、どうすればいいのか、

途方にくれたが、心の決まらぬうちに、彼はステッキを取って出かけてしまった。しか

し、よくよく考えて見れば、どんな口実があるにせよ、サー・ヘンリーを僕の目の届かぬ

ところに置くのは良心が許さぬ。もし君の訓令を無視したために何か不幸が起きたら、ど

んな気持で報告しなければならないかと思ってみた。正直言って、考えただけで頬に血が

のぼった。今から行けば、追いつくのにおそくはあるまい。僕はただちにメリピット荘へ

向って出発した。

 僕はできる限り足を早めて駈けて行ったが、サー・ヘンリーの姿は見かけなかった。と

うとう沼地の小路が分岐しているところまで来た。そこで道を誤ったのではないかと思っ

て、あたりが一望のもとに収められる丘……今は切られて肌黒い石山になっている同じ丘

の上に登った。そこからすぐに彼を見てとった。彼は四分の一マイルばかり先の沼地の小

道を歩いていた。その側に女性がいたが、どうやらミス・ステイプルトンに間違いあるま

い。ふたりの間にはすでに了解がついていて、前もって約束して会ったことは明らかであ

る。ふたりはゆっくりと歩いていて、何事か熱心に話し合っているふうであった。彼女の

話しぶりには非常に真剣味があるようで、両手を早く小きざみに振っていた。一方サー・

ヘンリーは熱心に聞き入り、一、二度頭を振って、強く異議を唱えていた。

 僕は岩の間に立って見ていたのだが、次にはどうすべきか、ひどく迷った。後を追いか

けて、あの親密な語らいを破るのは無法であろう。かと言って、彼の姿を一瞬たりとも見

失ってはならないのは、明らかに僕の務めでもあるわけだ。友人に対してスパイ行為をす

るのはいかにも忌々 いまいま しかった。しかし丘の上から見張っているほかに何の方策も立たな

い。せめて後で自分のしたことを告白して、身のあかしを立てるより仕方がない。まった

く、彼の身に何か危険がふりかかっても、僕は少し離れているので役に立つとは思わない

が、その立場のむずかしさ、取るべき手段のほかにないことは君も同意してくれると思

う。


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