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九 ワトスン博士の第二報告(9)
日期:2023-11-13 14:56  点击:301

「皆はあの声をなんと言ってるのですか」

「皆って?」

「この土地の人たちですよ」

「みな無智な連中ばかりですからね。その連中のいうことなど、どうしてそれを気になさ

るのです」

「ワトスン先生。言って下さい。何だと言ってるのです」

 僕はためらったが、この質問を避けることはできない。

「みんな、バスカーヴィル家の犬の叫びだと言ってますよ」

 彼はうめいた。しばらくは無言だった。

「犬だったのか。でもずっと何マイルも向こうのほうから聞こえたようでしたが」

「どこから起こったか、ちょっとわかりかねますね」

「そう、風のまにまに、声が高くなったり低くなったりしますからね。グリムペンの大沼

地はあっちのほうではありませんか」

「そうです」

「声はそっちのほうからでした。ねえ、ワトスン先生、あなただってあれは犬の遠ぼえだ

と思わなかったですか。私は子供じゃありません。真実に怯 おび える必要はありません」

「この前聞いたときはステイプルトンと一緒でした。あの人は怪鳥の声かもしれないと

言ってましたがね」

「いえ、いえ犬でした。あの伝説には、どこか真実があるんじゃないでしょうか。僕は本

当にそんな危険に直面しているんじゃないでしょうか? ワトスン先生、そうはお思いに

なりませんか」

「いいえ、そんなこと」

「ロンドンではそんなことを聞いても一笑にふしていましたが、今こうして暗い沼地に出

て、ここに立って、あんな叫びを耳にしますと、話は別です。それに、あの叔父が倒れて

いる傍 かたわ らに犬の足跡があったんですからね。なにもかも、すっかり符合しています。自

分じゃ臆病だと思ってませんが、あの声には何か血をこごらせるものがあります。ちょっ

とこの手を触ってごらんなさい」

 その手はひとかたまりの大理石のように冷たかった。

「明日にはよくなりますよ」

「この声は、これからも頭にこびりついて離れそうもありませんよ。さて、これからどう

したものでしょうか」

「帰るとしましょうか」

「いやいや。あの男を捕まえに来たのですから、やりましょう。われわれが囚人を追う。

その後ろから地獄犬が、まさかとは思うが、われわれを追いかけている。来るなら来い。

地獄の鬼という鬼を、みなこの沼地に連れて来たとしても、見きわめずにはおくものか」

 僕たちは暗闇の中をよろめきながら進んで行った。まわりに岩のそそり立つ丘が暗くぼ

んやりと見え、前方には黄色い一点の光りが燃えつづけていた。暗黒の夜に見る灯火の距

離くらい、目測をあやまるものはない。地平線のはるか彼方にあるかと思えば、ほんの数

ヤードのところに見えたりする。しかしとうとうその在りどころが見え、かなり接近して

いることがわかった。ローソクが岩の割れ目に立てられて、両方の岩に接しているので風

が吹いても消える心配はなく、またバスカーヴィル邸以外の方向からは見えないように

なっていた。花崗岩の丸いかたまりが、われわれの接近するのをかくしてくれた。そのう

しろにうずくまって、岩ごしに合図の灯を見つめてみた。

 奇妙なことに、ローソクが一本、沼地の真ん中で燃えているきりで、その近くに人の気

配はなかった。まさしく黄色い焔 ほのお が一本まっすぐに伸びて、両側の岩に映って光ってい

るのだ。


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