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十 ワトスン博士の日記(1)
日期:2023-11-13 14:57  点击:223

十 ワトスン博士の日記

 ここまでは、私が沼地へ行って間もなくの時分に、シャーロック・ホームズへ書き送っ

た報告を引用することですますことができた。しかし、ここから先は、どうしてもこの方

法を棄てねばならず、当時記した日記をたよりに、もういちど記憶をたぐって行かねばな

らぬ。

 この日記の二、三の抜き書きは、私の記憶にありありと印象づけられた、次に起こった

いくつかの場面に立ち戻らせてくれる。まずは、犯人の追跡に失敗したり、沼地での不思

議な経験に接した日の、次の朝からはじめる。

十月十六日

 どんよりした霧深い一日。小雨がしとしとと降っている。屋敷には、流れる雲が垂れこ

め、ときおり切れては、丘の中腹に、細く、銀色に光った地肌の流れが見え、遠い彼方の

丸い岩石は光りを受けてその濡れた肌をきらめかせ、いかにも荒涼とうねる沼地の広がり

の物さびしさをそそる。内も外も憂鬱な気分がみなぎっている。サー・ヘンリーはゆうべ

の興奮が冷めやらず、暗澹 あんたん たる気分である。僕は僕で何か圧迫されたような、差し迫っ

た危険を感じていた。終始危険にさらされているというのは、それがどうも解釈のつかぬ

ものだけに余計におそろしい。

 ではそういった不快な感じの原因がわからないと言うのか。われわれを取り巻いている

何か不吉なものを暗示する一連の出来事をつぎつぎに考えてみるとしよう。まず、この屋

敷の先代の死に方が、この家にまつわる伝説といかにもぴったりと符合している。それか

ら、沼地に不思議な動物が現われるということは農夫からたびたび報告をうけている。僕

も二度ばかり、われとわが耳で犬の遠ぼえに似たような声を聞いた。しかし自然の理法以

外のものが真実にあるとは、とても信じられない。幽霊の犬が足音を残したり、吠え声を

あたりにこだまさせるということは、とうてい考えられることではない。ステイプルトン

はそんな迷信におちいっているのかもしれない。モーティマーもそうだ。しかし僕は幸い

に常識を尊ぶ。そんなことを信じさせようとしたって駄目だ。それでは、つまらぬ農夫と

何ら異なるものではない。百姓たちは単に「恐ろしい犬」だけでは満足せず、口と目から

地獄の火を吐いていたと言わねば気がすまないのである。ホームズはそんな気まぐれには

耳を借さないだろう。そして僕は、いやしくも彼の代理を務めているのだ。

 しかし事実は事実である。僕は沼地で二度までその吠え声を聞いたのである。何か巨大

な犬が本当にこの沼にうろついているとすれば、万事うまく説明がつくが、ではどこにか

くれひそんでいるのだろうか。どこで食い物にありつき、どこから来たのだろうか。昼間

は見られないというのはどうしてだろう。この自然な説明も、超自然説と同じく、多くの

無理を含んでいると言わねばならない。それに犬のことは別としても、ロンドンでは人間

の行動という目前の事実があった。馬車の中の男、次にサー・ヘンリーに沼地に来るなと

警告した手紙。少なくもこれだけは事実、起こったことである。それは敵であるかもわか

らないが、今この敵だか味方だか知らない男は、どこにいるのか。味方の仕事であるとも

考えられる節 ふし がある。ロンドンにいるのだろうか、それともわれわれのあとをつけて来

たのだろうか。僕が岩上で見たあの不思議な男がそうなのだろうか。

 事実、僕は岩上の男をほんのちらりと見たにすぎない。しかも誓っていいぐらいの、い

ろいろなことがあるのだ。彼はこの土地で見かけた男ではない。僕は今では近在のすべて

の人に会っている。その背丈はステイプルトンよりずっと大きいが、フランクランドより

ずっと痩 や せていた。ちょうどバリモアぐらいかもしれないが、僕たちは彼を残して来た

し、跡をつけて来たとは考えられない。では、ロンドンで見知らぬ男からつきまとわれた

と同じく、ここでも誰かに狙われているのだ。僕たちはまだ、あの男の目を逃れていない

のだ。もしその男を捕えれば、この困難な問題も立ちどころに解決するかもしれない。し

からば僕の全エネルギーをひたすらこの目的に注がねばならぬ。


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