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十一 岩山の男(2)
日期:2023-11-14 11:15  点击:298
「あの方のことですって。どういうことでしょうか」タイプライターのキイを神経質にい
じりながらいった。
「あなたはあの方をご存じだったのですか、それとも?」
「いま申しましたように、私はあの方にたいへんお世話になりました。私がこうして生活
しておれますのも、あの方が私のあわれな境遇に関心を持って下さったからなんですの」
「文通はおありでしたか?」
 すると彼女は怒りを含んだ茶色の目ですばやく私の顔をみた。
「どういうつもりで、そんなことをおたずねになりますの」彼女は鋭く言った。
「世間にいらざる風評の立つのを避けるためなんです。私たちの手におえぬようにひろ
がってしまっては困りますから、今のうちにおうかがいしたほうがよいと思うのです」
 彼女は黙りこくってしまった。顔色は真蒼 まっさお だった。ややあって彼女はどうにでもなれ
というような態度で顔をあげた。
「そうですか、ではお答えしましょう。どんなことでしょうか?」彼女は言った。
「サー·チャールズと文通なさいましたか」
「いろいろ気づかって、親切にして下さるので、お礼にたしか一、二度お手紙をさし上げ
ましたわ」
「日付がおわかりでしょうか」
「いいえ」
「あの方にお会いになったことは?」
「そうですね。クーム·トレイシーにお見えになった折に一、二度。あの方はたいへんに
表 おもて だつのがお嫌いな方で、良いこともこっそりとなさるほどですから」
「ですけどね、そのくらいしか会いも文通もしないで、よく彼はあなたを援助しなければ
ならんというような事情がわかったものですね」
 私の突っ込んだ質問にも、彼女は平然と答えた。
「私のあわれな生涯を知って下さっている方が何人かございまして、皆さんお力を借して
下さいました。そのひとりがサー·チャールズの隣人で、とても親しくしていましたステ
イプルトンさんです。この方は非常に親切で、サー·チャールズはステイプルトンさんか
ら私のことをお聞きおよびだったのです」
 私はサー·チャールズ?バスカーヴィルが幾度かステイプルトンの手を通して施しをし
ていることを知っていたので、この婦人の言うことが嘘ではないことがわかった。私は続
けた。
「では、サー·チャールズにお目にかかりたいといった類の手紙をお出しになったことが
ありますか」
 ライァ◇ズ夫人は怒りで顔を染めた。
「なんですって? それはぶしつけすぎるご質問ですわね」
「失礼とは存じております。しかしやはりお答えいただかないと」
「ではお答えいたしましょう……たしかに、ありません」
「サー·チャールズがお亡くなりになったあの日も、ですか」
 とたんに彼女の顔から血の気が消えて、真青 まっさお になった。「いいえ」という言葉も声に
ならず、私はかわいたその唇の動きでそれと知るほどだった。
「きっと記憶ちがいでしょう。私はそのあなたのお手紙の一節を覚えていますよ、こんな
文章でしたね。《どうかこの手紙はお焼き捨て下さいますように、そして是非とも十時に
例の門においで頂きとうございます》」
 私は彼女が失神するのではないかと思った。だが彼女は必死の努力で持ちこたえた。

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