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十一 岩山の男(8)
日期:2023-11-14 11:20  点击:234

 とぼしい光線に目がなれてくるにつれて、小皿が一枚と、半分ばかり残っている酒壜が

隅のほうにあるのがわかった。石室の中央にある平たい石は食卓に利用されているに違い

ない。その上には小さな布でくるんだ包みが置いてあった……望遠鏡で見たとき、たしか

にあの少年の肩にあった包みと同じものだ。中にはひとかたまりのパン、タン肉の缶詰ひ

とつに、桃の缶詰がふたつ入っていた。調べ終って、包みなおそうとすると、下に何か書

きつけた紙があるのを見つけて心が躍った。おやと思って取りあげると、それには次のよ

うに下手な字で書きなぐってあった。

《ワトスン先生はクーム·トレイシーへ出かけた》

 しばらくの間、私はこの紙きれを両手につかんでつっ立ち、このぶっきら棒な通信の意

味を考えていた。では、あの怪人にねらわれていたのは、サー·ヘンリーではなく、この

私だったのだ。そして自分でつけることはしていなくて、使者……おそらくあの子供……

をつかって尾行させていたのだ。そしてこれがその報告なのだ。私がこの地に来てからの

行動はおそらくその処置をとらなかったばかりに、すっかり目をつけられ報告されている

のだ。われわれはいつも目に見えない圧迫感を感じていた。何か巧妙きわまりない網が張

りめぐらされ、しかもかすかで、最後のどたん場にならないと、その網にからまっている

ことが気づかないほどに、われわれを包んでいるような気はしていたのだ。

 ここに報告がひとつある以上、ほかもあるに違いない。そこで石室の中を探しまわった

が、それらしいものは何も見つけ出せなかった。それにこの風変わりな場所に寝泊りして

いる男の性格とかその意向を示すものも、何ひとつ見つからなかった。ただこの男はスパ

ルタ風な習慣を身につけ、生活の享楽など考えることのないような人間だということだけ

がわかったくらいのものだ。

 あの大雨のことを考えて、穴だらけの屋根を見ると、この居心地の悪い隠れ家にひそん

でいることは、よくよく強い不屈の目的を抱いているに違いないと察しはついた。彼はわ

れわれに悪意を抱く敵だろうか、それとも案外われわれを守ってくれる天使かもしれな

い。とにかく、それがわかるまではここを去るまいと私は決心した。

 そとはすでに太陽は低く沈み、西のほうは真紅の黄金に映えていた。その光りははるか

向こうのグリムペンの底なし沼の中にある、あちこちの水たまりに当って、真っ赤な斑点

となってはね返っていた。バスカーヴィル邸のふたつの塔も見える。その向こうにたなび

いている煙は、グリムペンの部落を示すものだ。その中間の、丘の向こう側にあるのはス

テイプルトンの家である。

 何もかも美しく、やさしく、平和に息づき、黄金の夕焼に包まれているが、目をやりな

がらも、私の心はどうしてもその平和な自然になじむことはできなかった。刻々と迫って

くる怪人との出会いを思えば、とりとめない恐怖におののくのだ。たかぶってくる神経を

押えながらも、決心の臍 ほぞ を決めて、暗い石室の片隅に腰をおろし、怪人の帰りを待ちわ

びたのだった。

 とうとう私はその足音を聞いた。遠くのほうで石にあたる鋭い靴音が聞こえたのだ。石

を踏みしめ踏みしめ、一歩一歩近づいてくる。私はいちばん暗い片隅に引っこんで、ポ

ケットのピストルの引き金に指をかけた。そして彼の姿を認めるまでは、こちらの姿を見

せまいと決心した。しばらく足音がとまっていた。彼は立ちどまったのだ。それからもう

一度、一歩、二歩、足音が近づき、石室の入口にその影がさっとさした。

「ワトスン君、美しい夕暮れだね」

 聞き慣れた声だった。「中にいるより、きっと外のほうがずっとはればれするよ」

 


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09/30 19:29