日语学习网
十二 沼地の死(3)
日期:2023-11-14 11:24  点击:249

「あいつの細君だって?」

「君の情報の返礼に、ひとつ教えてやろう。このあたりではミス・ステイプルトンで通っ

ている女は、実はあいつの細君というわけさ」

「何てことを言うんだ。確信はあるのか、ホームズ。じゃ何だって彼はサー・ヘンリーが

彼女と恋に落ちるのをそのままにさせておくんだい」

「サー・ヘンリーが恋に落ちても、困るのはご当人だけで害はないからさ。サー・ヘン

リーがその恋を実行にうつさないように、とくに彼が気をくばっていることは、君も知っ

ているとおりだ。くり返して言うが、あの女はあいつの妹ではなくて、細君なんだよ」

「じゃ、なぜ、そんな念入りな騙 だま し方をするんだね」

「つまり、あいつはあの女が自由の身だということにしておけば、有利だというのを見抜

いているからさ」

 今までの私の心のわだかまり、ぼんやりした疑念が突然はっきりした形をとって、あの

博物学者のステイプルトンに集中された。麦藁帽子をかぶり、捕虫網を振りまわしている

この血の気のない男に、私は何か恐ろしいものを見たように思った。夜叉 やしゃ のごとき心を

笑顔でつつみ、おそろしく忍耐強く、おそろしく奸智 かんち にたけた男を。

「じゃ、あいつなんだね、僕らの敵は……ロンドンで僕らをつけまわしたのはあいつだっ

たのか」

「そう考えるほかはないな」

「じゃ、あの警告状は……彼女がよこしたわけかな」

「そうだ」

 今まで五里霧中、闇の中に閉ざされていた凄惨 せいさん な悪事の全貌が、半ば想像ながらに姿

を現わしてきたようであった。

「しかし、確かなんだろうね、君。またどうしてあの女が、あいつの細君だというのがわ

かったんだい」

「君があいつに始めて会ったときに、うっかりして自分の前歴をちょっと君にしゃべって

しまったが、後で何度もそのことを後悔したと言えるね。彼は昔、北部で教員をしていた

と言ったが、教員ほどその身許が調べやすいものはないよ。教員就職紹介所はいくらでも

あるから、いちど教員をした者なら、すぐ調べはつく。ちょっと調べてみると、ある学校

が何かひどい事情で失敗し、廃校になったということがわかった。そしてそこの校長

が……名前はちがっていたが、細君を連れて姿を消しているんだ。人相は合っているし、

おまけにその失踪をした男が昆虫学に熱中していたことがわかれば、これでぴったり合う

じゃないか」

 謎はとけてきたようだが、まだ影にかくれてわからないところがたくさんある。

「あの女が本当に細君だとしてもだよ、ではどこにローラ・ライオンズの入ってくる余地

があるんだい?」

「君の捜査が鍵を与えてくれたのはそこなんだ。君とあの婦人との会見は状況をはっきり

させてくれたよ。僕は、あの女とその夫との間に離婚の計画があることなど、ちっとも知

らなかった。考えてみると、つまりね、あの女はステイプルトンを独身の男と思いこん

で、その細君になるつもりでいるんだ」

「ところが、だまされているとなると、どうなるだろう」

「そこで、彼女が僕らの役にたつわけだよ。とにかく明日はまず彼女に会う必要がある

な、ふたりでな。ところで、ワトスン君、だいぶ、君の持ち場のほうがお留守になったよ

うだね。そろそろバスカーヴィル邸に帰ったほうがいいよ」

 西空に落陽の名残りが消え去り、沼地にはすでに夜の帳 とばり がおりていた。二つ、三つ、

星が紫の空にかすかにまたたいている。


分享到:

顶部
09/30 19:31