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十二 沼地の死(4)
日期:2023-11-14 11:25  点击:237

「最後にひとつだけ聞きたいんだがね、ホームズ君」私は立ちあがりながら尋ねた。「君

と僕との間では秘密にしておくことは何もないはずだが、これはいったいどういうことな

んだね。あいつはいったい何をしようというんだろう」

 ホームズは声を落した、「殺人だよ、ワトスン。巧妙で残酷で、しかも慎重に考え抜い

た殺人だよ。だが、細かいことは聞かないでくれ給え。僕があいつにかけた網はせばまっ

ているし、あいつがサー・ヘンリーにかけた網もせばめられている。それに君のおかげ

で、あいつはもう僕らの思うままなんだ。しかしひとつだけ危険がある。それはあいつに

先をこされはしないかという心配だ。もう一日、いや少なくとも二日あれば、僕のほうは

完全に準備ができあがるから、それまでは、君は病気の赤ん坊を見まもる母親のような気

持で、君の責任を慎重に果してくれ給え。君の今日の働きは、それだけではみごとなもん

だが、サー・ヘンリーのそばにいてくれたほうがよかったと思うね。……おや」

 恐るべき叫び声……長くひっぱった苦痛と恐怖の悲鳴が沼地の沈黙を破って響き渡っ

た。その物凄い叫びは私の全身の血を凍らせてしまった。

「おお!」私は喘 あえ いだ。「何だ、いったいどうしたのだ」

 ホームズはもう立ちあがり、出口に駈け寄って、身をこごめ、頭を出して闇の中をすか

して見ていた。

「静かに」彼は声を殺して低く言った。

 その叫びは耳に強く響いたが、遠く離れた丘のかげから響いてきたものであった。そし

てそれがいっそう高くなり、近づいてき、前よりもまだすさまじくなった。

「どこだろう」ホームズは声を低めて言ったが、その声は少し震えて、この鉄のような男

も心底からこたえたように見えた。「どこだろう、ワトスン」

「あそこじゃないか」私は闇の中を指さした。

「違う、あそこだ」

 ふたたび苦痛の叫びが夜の沈黙を貫いて響き渡り、前よりもなお高く、近くなった。そ

して新しい声がそれに加わり、低いが、底力のある唸りが断続して、威嚇 いかく 的に、まるで

海の響きが波うってよせてくるように近づいてきた。

「犬だ。行こう、ワトスン。畜生、してやられたかな」

 ホームズはすでに沼地を走っていた。私はそれに続いた。すると、私たちのすぐ前の低

地のどこからか、断末魔 だんまつま のうめきが聞こえ、どさっと何かがたおれる重い音がした。

私たちは走るのをやめ、立ちどまって耳を傾けた。風もない夜の空気は鎮 しず まりかえっ

て、もう音は聞こえなかった。

 ホームズは狂気したように額を手でおおって、地団駄 じだんだ をふんでいた。

「やられたよ、ワトスン。おそすぎた」

「いや、そんなはずはない」

「手を控えすぎて失敗したんだ。それに君もだ、ワトスン。君が責任を放り出すからこん

なことになるんだ。しかし、必ず、最悪の事態になったとしても、きっと復讐してやる

ぞ」

 闇の中を、私たちは丸石にまごつき、ハリエニシダを踏みわけ、斜面をのぼりおりし

て、ひたすら、あの恐ろしい声のしたほうへと、盲滅法 めくらめっぽう に突っ走った。丘をのぼる

たびに、ホームズは周囲を一心に見まわしたが、すでに沼地一帯には闇が立ちこめ、その

荒涼とした面には動く影すらなかった。


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09/30 19:29