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十二 沼地の死(6)
日期:2023-11-14 11:25  点击:257

 月が昇った。私たちはこの凄惨 せいさん な事件に終止符をうった岩にのぼってみた。そこから

は朦朧 もうろう と闇と銀色にかすんでいる沼地の起伏が一望のもとに見渡せた。遠くグリムペン

の方向、数マイル離れた場所にただひとつ黄色の光りがきらめいていた。それは人里離れ

たステイプルトンの住居のものに違いない。それを見たとき、私は拳 こぶし をふって、呪いの

言葉を出さずにはいられなかった。

「なぜ、今すぐにでもあいつをつかまえられないんだい」

「そうは簡単にいかんよ。あいつはどこまでも用心深く悪がしこいやつなんだ。やつが

やったと知るだけじゃ駄目だよ、その証拠がなければね。一歩あやまてば、悪党めを逃が

してしまうよ」

「じゃ、どうすればいい」

「明日、することはたくさんあるよ。今夜はこのあわれな死体に最後の勤めをしてやれる

だけだ」

 私たちはそろってその絶壁をおりて、月の光りに照らされた石の間に、くっきり黒く浮

き出された死体に近づいていった。その硬直し、よじれた手足を見て、今さらの苦しい思

いに私の顔はゆがみ、目は涙で曇った。

「誰かに来てもらわねばなるまいな、ホームズ。死体を屋敷までかついでいくことはとて

もできないよ。おや、どうしたんだ、君は気でも狂ったのかい」

 彼は奇声をあげて、死体にかがみこんでいた、と思うと踊りあがり、声をあげて笑い、

私の手を痛いほどにぎりしめた。このきびしい、自制心の強い男にあり得ることだろう

か、まったく見かけによらない感動ぶりだった。

「顎髯 あごひげ だよ……この男には顎髯がある」

「顎髯だって」

「この男はサー・ヘンリーじゃないんだ。だって、これは僕の隣人だぜ、あの脱獄囚だ

よ」

 狂おしいような思いで、私たちはその死体をひっくり返してみた。その血のしたたる、

つき立った顎髯が、冷たい月の明かりに照らされた。突き出た額、落ちくぼんだ野獣の

目、これこそあの夜、岩の上でローソクの光りの中から私たちをにらみつけた顔、脱獄囚

セルデンの顔に違いなかった。

 そのとき私にはいっさいが氷解した。私はサー・ヘンリーがその洋服をバリモアにやっ

たと話していたのを思いだしたからだ。そしてバリモアから、それがセルデンの逃亡の旅

装として手渡されたのだ。靴もシャツもハンチングに至るまで、みなサー・ヘンリーのも

のであった。痛ましいことには違いないが、しかしこの男は国の法律によって少なくとも

死を宣告されたことがあるのだ。私は感謝と喜びで踊り上がらんばかりの気持で、その

いっさいの事情をホームズに話した。

「じゃ、その洋服がこのあわれな男を殺したんだ」と、ホームズは言った。「犬はサー・

ヘンリーの身のまわりのものを嗅がされていたんだ。おそらくホテルで盗まれた靴の片足

だと思うがね。だからこの男を追いかけて崖から落したんだろう。しかし、ひとつわから

ないことがある、なぜ、暗闇の中で、このセルデンは犬につけられていることを知ったん

だろうね」

「声を聞いたんだよ」

「これほど腹のすわったやつが、沼地で犬の唸り声を聞いただけで、こんなに恐れて、し

かもつかまるという危険をおかしてまでも、大声で助けを求めるわけはないじゃないか。

あの声から察すると、よほど長く追っかけられたに違いないんだが、いったいどうして犬

に追いかけられていることを知ったんだろう」


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09/30 17:39