この三年間に、西部イングランドで相当な盗難事件が四つあって、いずれも犯人がつか
まっていないんだが、何だか思いあたるところがありそうだね。しかも最後のやつはこの
五月にあったフォークストン・コートでの事件だが、覆面 ふくめん の単独強盗を見て、声を出し
た給仕をようしゃなく射殺したんで、まあ目立つ事件だった。ステイプルトンが、金がな
くなってきたんで、何とか盛り返そうと、こんな荒仕事をやった……もちろんこの数年や
けっぱちで手がつけられない人間になっていた……とまあ、こんな考えも、否定できない
と思うんだ。
彼の悪知恵の機敏さは、あの朝われわれをうまくまいてしまい、そればかりか、かわり
に馭者の口から僕自身の名前をお返しにするという、不敵な行ないではっきりと見せつけ
られたわけだね。そのとき、この事件に僕がのり出して来たことをいち早く察して、ここ
じゃ駄目だと引き退 さが って、ダートムアでサー・ヘンリーの到着を待つことにしたんだ」
「ちょっと、ちょっと!」私が口をはさんだ。「事件の筋を追って正しく話してもらった
んだが、ひとつだけ説明してないところがあるんだ。つまりあの犬は、主人がロンドンに
いるあいだ、どうなってたんだい」
「そのことにも気をつけていたつもりだが、たしかに大切なことだよ。とにかくもひと
り、《ぐる》になってる奴がいたんだよ。もちろんステイプルトンって奴は自分の企みを
すべて打ち明けて、相手に痛いところをつかまれるような人間じゃないがね。つまりアン
ソニーといって、メリピット荘にいた年寄りの召使いなんだよ。この男とステイプルトン
とのつながりは、数年前あいつが学校をやっていたときなんで、この男は主人と女主人は
夫婦だということを十分承知していたはずだ。あのとき以来、どこかへ消えていなくなっ
ていたがね。だいたいアンソニーという名前はイギリスではあまり普通の名前じゃない
が、アントニオというのはスペインや中南米ではざらにある名前だ……というのも面白い
ことじゃないか。この男も、ステイプルトン夫人と同様、英語はうまいが、どこか舌のも
つれるようなおかしなアクセントがあったろう。僕自身、この男がステイプルトンの開い
た道を通ってグリムペンの底なし沼を渡ってゆくのを一度見つけたんだ。だから主人の留
守中、この男が犬の面倒をみていたことは十中八、九たしかだね。ただその犬を何に使う
のか、それは知らなかったろうがね。
ともかく、ステイプルトン夫婦がデヴォンシャーへ行くと、サー・ヘンリーと君も、す
ぐつづいたわけだ。もうひと言、その間、僕が何をしていたのか、それを話そう。君もた
ぶん思い出すだろうと思うが、僕があの貼紙細工の手紙を調べてたとき、透 す かし模様をい
やに詳しく調べてたろう。実はあの紙を目の前にもって来ておいて、匂いをかいだんだ。
そのとき白ジャスミンの香水の匂いがかすかにしたんた。香水といえば七十五種類あるん
だが、いわゆる犯罪の専門家にとっては、この七十五種類の判別はきわめて大切なことな
んだ。僕の経験からいっても、すばやくこれをかぎわけることで助かったことが幾度もあ
るよ。この匂いで、事件に女が関係していることがわかり、すでに僕の心はステイプルト
ン夫妻に向けられていたんだ。まあそんなわけで、われわれが西のほうへ行かない前か
ら、犬がいることもわかっていたし、犯人の目星も大体ついていたわけだ。