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本陣殺人事件--琴鳴りぬ(1)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3335

  琴鳴りぬ

 いったい本陣というのは旧幕時代、参さん覲きん交替の大名が、上り下りの道中で宿泊

することになっている、いわば公認の宿舎だから、昔はなかなか格式張っていたものであ

る。もっとも同じ本陣でも、東海道筋とちがってこの辺では、往来の大名も数が少ないか

ら、したがって規模においても自おのずから相違があったろうが、本陣はやっぱり本陣で

あった。

 そういう本陣の後裔をもって誇りとしている一柳家のことだから、当主の結婚ともなれ

ば、それは思いきって派手なものでなければならぬ筈であった。私にこの事件を話してく

れたF君の話によっても、

「こういう事は万事都会より田舎いなかのほうが大おお袈げ裟さになります。ましてや一

柳家ほどの家柄で、後あと嗣つぎの婚礼という事になれば、お婿むこさんは麻かみしも、

花嫁は白しろ無む垢くの裲襠うちかけというのがふつうで、客も五十や百は当然のことで

した」

 しかし事実はこの婚礼はごく内輪に行なわれたのである。お婿さんの側から出席したの

は、家族以外に川──村の大叔父が唯ただ一人で、賢蔵のすぐ下の弟の隆二さえ、大阪から

帰って来なかった。花嫁のほうからも、叔父の久保銀造が唯一人出席しただけであったと

いう。

 したがって祝言の席そのものはごく淋さびしいものだったが、村人への振舞いは、そう

いうわけにはいかなかった。近在きっての大地主であってみれば、出入りも多く、作男や

小作人も少なくない。そういう人たちは奥とは別に、徹てつ宵しよう飲み明かすのがこの

辺の習慣だった。

 だから十一月二十五日の婚礼の当日は、手伝いの人々をも交えて、一柳家の台所は大混

雑を呈していたが、すると夕方の六時半頃、つまり台所が一番繁忙を極めている最中のこ

とである。勝手口からぬっと入って来た男がある。

「御免下さい。旦那はいますか。旦那がいたら、これを渡して貰いたいんだが……」

 かまの下をたいていた下働きのお直婆さんが振り返ってみると、くちゃくちゃに崩れた

お釜帽を眉ま深ぶかにかぶった男で、方々擦すりきれた上衣の襟を、寒そうに搔かき合わ

せ、顔じゅうかくれてしまいそうな大きなマスクをしているのが、いかにもうさん臭かっ

た。

「旦那に何か用かね」

「う、うん、旦那にこれを渡して貰いたいんで」

 男は左手に小さく折った紙片を持っていたが、後になってお直さんがこの時の様子を、

警官に語ったところによると、

「それが妙なんですよ。指をみんな曲げてましてね、人差し指と中指の節のあいだに紙片

を挟んでいるんです。まるで癩らい病びようみたいに……ええ、右手はポケットへ入れた

きりでした。私も変に思って顔をのぞいてやろうとしたのですが、相手はぷいとそっぽを

向くと、紙片を無理矢理に私に押しつけて、そそくさと勝手口から、とびだしてしまった

んです」

 その時台所にはほかにも大勢いたのだが、その男が後になって、あんなに重大な意味を

持って来ようとは、夢にも思いがけない事だから、誰も特に注意を払って見た者はなかっ

たのである。

 さて、お直さんが紙片を持ったままぼんやりしていると、そこへ新家の秋子が忙しそう

に奥から出て来た。

「ちょいと、どなたかうちのを知らない?」

「新家の旦那ならさっき外へ出ていったようでしたよ」

「まあ、仕様がないわね。この忙しいのに何をまごまごしてるんだろう。今度見たら早く

着替えをするように言って下さいな」

 その秋子を呼び止めて、お直さんはいまの話をすると、折り畳んだ紙片を渡した。それ

はポケット日記を引き裂いたような小さな紙片だった。


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