「白木さん、するとあなたのご意見では、このTという男が犯人だというのですね」
「そうですとも。Tのほかにこんな恐ろしいことをする人がございましょうか」
白木静子は教壇から生徒を極めつける時のような切り口上でこういったが、やがて警部
の問いにこたえてつぎのような話をしたのである。
T──ほんとうの名前は田谷照三というその男は、須磨の素封家の息子で、克子が識り
合った時分、某医科大学の制服を着ていた。しかし事実はその大学の学生でもなんでもな
く、単にそこを三度受験して落第したというのにとどまるのであった。克子はたいへん聡
明な女性であったが、田舎から単身上京している多くの女学生のおちいる危険に、彼女は
まだ気がついていなかった。そこを田谷に乗じられたのである。
「克子さんのそのときの気持ちは、決して浮ついたものではなく、ほんとうに相手を愛
し、ゆくゆくは結婚するつもりだったのでございます。しかしその夢は三月もつづきませ
んでした。すぐにTの欺ぎ瞞まんが暴露し、そのほかにもいろいろ怪しからぬことをして
いる事がわかって来たので、四月目にはもう手を切ってしまわなければならなかったので
す。その時、克子さんの代理人として、主としてTと交渉したのはかくいう私でございま
した。ところが最後に克子さんに会った時の男のいいぐさがいいではありませんか。や
あ、こう尻が割れて来たら仕方がない。いいですとも、別れますよ。それから泣いている
克子さんに向かって、久保君、何も心配することはないぜ、これを種にいつまでも君に食
い下がろうというような量見は毛頭ないから安心しな、ですって。実にしゃあしゃあした
ものです。それきり別れた克子さんは、その手紙にもありますとおり、爾来Tに会ったこ
ともなければ、噂うわさをきいたこともなかったようですが、私は二、三度Tの噂をきい
たことがございます。Tはその後ますます身を持ち崩し、軟派から硬派へ転向したとやら
で暴力団に入って、脅きよう喝かつなどやっているということをききました。そういう男
ですもの、久しぶりに克子さんに出会って、しかも克子さんがお嫁にいくとわかっては、
そのままにしておく筈はございません。ええ、克子さんや克子さんのご主人を殺したのは
Tにちがいございません」
耕助はこの話を非常に興味をもってきいていたが、やがて静子の言葉の終わるのを待っ
て、かれは一枚の写真を出して見せた。それは昨夜磯川警部からことづけられたあの写
真、即ち賢蔵のアルバムから切り抜かれた、生涯の仇敵、三本指の男の写真であった。
「白木さん、ひょっとするとTというのは、この男ではありませんか」
静子はちょっと驚いたように、その写真を手にとって見ていたが、すぐ力強く首を横に
ふった。そしてきっぱりとこういったそうである。
「いいえ、これではございません。Tはもっともっと好男子でした」