「それで……? 三郎の話はそれだけですか」
「ええ、まあ、そんなもんです。こっちはもっと取りとめた話がきけるかと思って期待し
てたんですが、当てが外れてがっかりでさあ。金田一さん、わたしにゃだんだん重荷に
なって来ましたよ。この事件は。──田谷という男の事もありますしねえ。三本指と田谷と
関係があるのかないのか、くそッ、考えていると頭がいたくなりそうだ」
「まあまあ、そう落胆しないで、いまに何かよい事がありますよ」
耕助は縁側から腰をあげると、
「そうそう、忘れていた。さっきここにいた刑事さんですね、あの人にちょっと久──村へ
行って貰いましたから」
「木村君? そして久──村に何があるんですか」
「ええ、ちょっと調べてもらいたいことがあって、おじさん、それじゃ行きましょうか」
「あんたがた、どこへ行くんです」
警部はいくらかとがめるような口調で訊ねた。
「ちょっと散歩。そのへんを歩いて来るんです。警部さん、あなたまだしばらくここにい
るでしょう」
警部は探るように耕助を見た。
「それじゃね。何かのついでに隆二氏に訊いてもらえませんか。隆二氏は、人殺しのあっ
た日の朝、こっちへ着いたといってるでしょう。ところが、前の日、即ち婚礼のあった二
十五日ですね。その二十五日の昼過ぎに、あの人が清──駅へおりるのを見た者があるとい
うんです。そしてそれは間違いなさそうですがね。隆二氏、何故あんな噓をついたのか、
ひとつそれをきいてくれませんか」
「な、な、なんだって?」
「あはははは、警部さん、僕の真似をしなくてもいいんですよ、おじさん、行きましょ
う」
耕助と銀造のふたりは、呆気にとられている警部をそこに残して、家をひとまわりする
と裏木戸から外へ出た。
この裏木戸は婚礼の日の夕方、あの怪しげな男の出入りしたところで、屋敷の西側につ
いている。そこを出るとすぐ外に小川が流れていて土橋がかかっている。二人はその小川
を渡ると、小川の向こうがわの道を北へむかって歩き出した。
「耕さん、どこへ行くんだね」
「僕にもわからないんです。犬も歩けば棒にあたる。まあそこいらを歩いて見ましょう」
耕助は相変わらずあのハンケチ包みをぶら下げている。小川に沿って北へ進むと、一柳
家の低い土塀の切れ目に水車小屋がある。水車はいまとまっていた。
その水車のへんから路は急に細くなって、崖沿いに東へ急カーヴしていたが、そのカー
ヴを曲がると、突然ふたりの眼前に、かなり大きな池が現われた。
岡山県でもこのへんは穀倉といわれているだけあって、水田がよく発達し、いたるとこ
ろに灌かん漑がい用の池が掘ってあるから、こういう風景は珍しいことではなかった。だ
が、何を思ったのか、耕助はその池を見ると急に足をとめ、珍しそうに池の中を覗いてい
たが、ちょうどそこへ通りかかった農夫を見ると、すぐ呼び止めてこんな事を訊ねる。
「君、君、この池は毎年池干しをするんだろう。そうじゃない?」
「へえへえ、やりますよ」