「へ、へえ、そりゃ構いませんが、死骸なんて、死骸なんて、そ、そんな滅相な」
炭焼き男はいまにも泣き出しそうな顔をしている。刑事とお巡りさんはすぐ蒲鉾型の甲
羅を、叩きこわしにかかった。どうせ、粘土で固めた素人細工だからすぐ毀こわれる。甲
羅がこわれていくにしたがって、真っ暗だったかまの中に陽が流れ込んでいく。やがて甲
羅があらかたとれると、刑事とお巡りさんが中へ飛び込んだ。警部と耕助と銀造は、上か
ら覗きこんでシャベルの先を視つめている。
やがて土が掘りかえされるにしたがって、にゅっと男の片脚が先ず現われた。その脚は
なんともいえぬ気味悪い色をしていた。
「ひゃあッ、こりゃ裸ですぜ」
「金田一さん、金田一さん、こりゃ一体誰です。今度の事件に……」
「まあ、いいから見ていらっしゃい。いまに、わかりますよ」
死骸は仰向けに寝かされていると見えて、やがて瘦やせこけた腹から胸へと現われて来
たが、その胸を見たとたん、また刑事が頓狂な声をあげた。
「ひゃあッ、こ、こりゃ殺されてから埋められたんですぜ。ほら、胸のところを恐ろしく
抉えぐられている」
「な、な、な、なんですって?」
今度は耕助の驚く番だった。文字どおりかれはその場に飛び上がった。
「耕さん、あの男が殺されているというのはいけないのかな」
「僕は──僕は──僕は──まさか、──まさか」
「君、早く顔を掘り出してみたまえ」
警部の命令ですぐ顔の周囲の土が取りのけられたが、そのとたん、三度刑事がおどろき
の叫びをあげた。
「警部さん、こ、こりゃ例の男ですぜ。ほら、顔に大きな傷がある。三本指の男……」
「な、な、なんだって」
警部はのびあがって、死体の顔を覗きこんだが、その眼玉はいまにも飛び出しそうだっ
た。ああ、間違いない。実に何ともいいようのない、気味の悪いその死体の顔には、唇の
右端から頰へかけて、長い縫合の痕が走っている。まるで口が裂けているように。
「金田一さん、こりゃいったい、こりゃいったい、あっ、そうだ、君、君、そいつの右手
を掘り出してみたまえ、右手を」
言下に右手が掘り出されたが、ここで又もや警部も刑事もお巡りさんも、悲鳴に似た叫
び声をあげたのである。なんとその死体には右手がなかった。手て頸くびのあたりからズ
バリと切断されているのだった。
「金田一さん!」
「いいのですよ。いいのですよ。警部さん、これで何もかも平ひよう仄そくがあうんです
よ。はい、お土産」
警部は血走った眼で孔あなのあくほど耕助の顔を視つめていたが、やがていま渡された
ものに眼を落とした。それはさっきから耕助がぶら下げて、歩いていたハンケチ包みで
あった。
「あけてご覧なさい。猫のお墓から、見つけて来たんですよ」
警部は手触りで、それがなんであるかも覚ったのにちがいない。はっとしたように息を
吸うと、ふるえる指でハンケチを解き、麻紐を切り、油紙をひらいたが、すると中から出
て来たのは、なんと手頸から切断された男の右手であった。その手には三本しか指がな
かった。拇指と人差し指と中指と。……
「警部さん、これがあの血の指紋を捺おすために使われたスタンプですよ」