鎌の刃をわたった糸は、そこからずっと西の方へ走っているが、その糸が緊迫していく
にしたがって、うしろの崖から垂れている竹が五、六本、それにおさえられてしなってい
く。やがて糸はまた、鎌と燈籠の灯入れのあいだにピーンと一直線に緊張した。あの抜き
身はまだその間にぶら下がっているが、こんどは前よりよほど燈籠のほうへ寄っている。
「水車の力と、燈籠と鎌の安定、それに今度は糸の強さが加わります。四者のなかで、一
番弱い一角がくずれるのです」
その時である。琴糸におさえられていた五、六本の竹が跳ねっ返る拍子に糸を弾はじい
でピン、ピン、ピン──と音を立てたが、そのとたん、鎌のところでぷっつり糸が切れた。
と思うと、ブルン、ブルン、ブルンと空中をひっかきまわすような音がした。と、同時に
あの抜き身がくるくると二、三度宙に舞ったのち、ぶすりと燈籠の根元に突き立ったので
あった。
「どうです。おじさん、この間の晩、刀が突き立っていたのも、やはりこの辺だったで
しょう」
しかし、誰もそれに答える者はいなかった。暗がりの中で、激しい息遣いがきこえるば
かりである。みないっせいに眼をみはって、まだ激しくゆれている刀を視つめていたので
ある。
「さあ、それではついでに糸の行く方を見定めようじゃありませんか」
金田一君の声にはじめて、気がついたように顔をあげると、一同は刀のそばを通りぬ
け、庭の奥へふみこんだ。二つに切れた二本の糸は、どちらも枝から枝へと渡りながら、
しだいに向こうへ手繰られていく。そしてやがてその糸は、二本とも向こうに見える松の
添え木にした、青竹の中へ吸いこまれていった。
「さあ、ここまでご覧になればいいでしょう。あとはこの竹をくぐって、水車の軸に巻き
つけられていくんです。その軸には荒縄がぐるぐる巻きにしてありますから、琴糸の二本
や三本巻きついたところで、当分誰も気がつく筈はありません」
銀造氏がううむと太い唸うなり声をもらした。警部が畜生と鋭い舌打ちをした。それか
らわれわれはまた雨戸の方へとってかえしたが、そこで隆二さんがふと立ち止まってこん
な事を呟いた。
「しかし、あの琴柱は……? あれはなんのために必要だったのだろう」
「ああ、あれですか。あれは刀が引き摺らないためですよ。ご覧なさい。あの樟の木から
じゃ、欄間は少し遠過ぎるんです。だから途中で一度支えるものをつくっておかないと、
欄間から出た刀は地面へ落ちて、そこへ引き摺った跡がつく。この装置を考案した人はそ
れを嫌ったんです。琴柱ばかりじゃありません。あの屛風も、向こうの青竹も、みんな刀
や琴糸が引き摺って、畳や地面に跡をつけないために巧みに利用されているんです。屛風
といい、鎌といい、石燈籠といい、青竹といい、みんなその場にありあわせたものや、そ
の場にあって不自然でないものを使ったところに、考案者の頭のよさがうかがわれます
ね。ただ一つ、琴柱だけが不自然ですが、それを逆に利用して、かえって神秘的な効果を
強めることに成功したんですから、いよいよもって凡手じゃありません」
実験はおわった。そしてわれわれはもう一度あの八畳へとってかえしたのだが、明るい
ところで見合わせた一同の顔は、金田一君を除いては、みんな真っ蒼になっていた。