隆二さんは黙って首をうなだれている。それはいちいち金田一君の言葉を肯定している
ように見えた。私は賢蔵さんのことはよく識っているが、金田一君のいまの言葉は、その
人をさながら浮き彫りしているようであった。
金田一君はふたたび言葉をついで、
「こういう人は、当然の結果として、孤独ならざるを得ない。自分以外の人間は誰も信用
することが出来ない、というよりも自分以外の人間はことごとく敵に見える。しかもそれ
は近親者ほどはげしいのです。ところで賢蔵さんがしじゅう接触していられる近親者とい
えば、先ずお母さん、それから従弟の良介さんに、弟の三郎君と妹の鈴子さんとこの四人
ですが、後の二人はまだ年も若いから、問題はおのずから前の二人、ことに良介さんに限
定される。この良介さんという人がまた非常に興味のある人物らしい。賢蔵さんの性格を
すっかり裏返しにしたような人じゃないかと思うんです。表面は柔順で、へらへらしてい
て、肌触りも悪くないように見えていて、裏へまわると賢蔵さんと同じように、気性のは
げしい人のようです。日記を見てもよくわかるのですが、賢蔵さんがこの人とお母さんの
ために、どのように悩まされたか、どのように、神経をいらだたせていたか。それでいて
正面衝突が出来なかったのは、教養の差という自尊心が、賢蔵さんをおさえていたので
す。良介さんのほうではそれをよく心得ているものだから、何食わぬ顔で、わざと賢蔵さ
んの気に触るようなことをしていたんじゃないかと思われる節もあります。さてこういう
ところへ克子さんの問題が起こったのですが、この縁談に対して周囲がどんなに反対した
か、そのことは皆さんもよくご承知ですから多く言う必要もありませんが、それを強引に
押しきって、いよいよ結婚というところまでこぎつけた。ところがその間ぎわになって克
子さんが処女でなかった。かつて愛人があった。しかも偶然とはいえ、最近その愛人に
あったということもきいたとき、賢蔵さんはいったいどのような気持ちだったでしょう」
金田一君はぽっつりと言葉を切った。誰も口を開こうとする者はいなかった。警部と銀
造氏も隆二さんも、みな暗あん澹たんたる顔色だった。
「私が思うのに、賢蔵さんが克子さんに心を惹かれたのはその聡明さ、朗かさ、朗かなな
かにもしっとりしたところがあり、性質もテキパキしている。そういうところも大きな要
素だったのでしょうが、何よりも強い魅力だったのは克子さんが非常に清潔な感じのする
人、それだったのではないかと思う。清潔──これこそ賢蔵さんが一番とうとんだところ
だったのに、いざとなったぎりぎりで、彼女がすでに男を知っていた。彼女の体内には他
の男の血がながれていることがわかったのです。まえにもいったように賢蔵さんは、他人
の触った火鉢でさえ、アルコールで消毒しなければ納まらぬ人なんです。こういう場合に
は低級な言葉ほどぴったりします。一度ほかの男──賢蔵さんにとっては他人はみな穢らし
いものだったんですよ──の胸に抱かれたことのある女を、自分の妻として抱いて寝られる
か。賢蔵さんにとっては、考えただけでもそれは悪寒の走ることだったに違いない。では
その縁談を破談にするか、賢蔵さんにとってそれは絶対不可能だった。