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本陣殺人事件--止むを得ざる密室(3)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 隆二さんはそれを聞くと、はっとしたように、金田一君の顔を少し仰いだが、やがて面

目なげに首をうなだれると、ためらい勝ちながらも、こんな話をしたのである。

「この事については、私もたいへん不思議に思っていたんです。そうです。学校にいるこ

ろ、ある事件があって、兄は同僚のひとりを非常に怨み、かつ憎んでいた事があるんで

す。その人はもと兄の親友でした。ところが恩師の令嬢に関する恋愛事件で、兄はまんま

とその親友に裏切られた、背負投げをくわされた……と、兄はそう信じていたのです。そ

の結果、兄は非常に不面目な立場におかれて、学校を止さなければならなくなったばかり

か、相手の令嬢もそれがもとで病死されたのです。この事件の真相は私にもよくわかりま

せんが、兄はもういちずにそれを、親友の策謀であるとばかり信じていたようです。そし

て、ああいう激し易い性質の人ですから、相手の人物に対して、怨み骨髄に徹していたよ

うです。だから、今度の事件で、『生涯の仇敵』という言葉を兄が使っているのを知る

と、すぐ、その人の事を思い出したんですが、しかし、だんだんきくと、生涯の仇敵とい

うのは、兄が島で出会った男であるという事になっています。それじゃ、あの人とちがう

のかなと思ったのと、もう一つは、その相手というのが、名前をいえばあなたがたも、す

ぐ、ははあ、あの人かとお気づきになるほど、偉い学者になっているので、まさかあの人

が……と、思ったものですから、いままで黙っていたのです」

「なるほど、それで、あなたはその人にお会いになったことはないのですか」

「ありません。写真はちょくちょく見ますが、それも近頃のことですから、あのアルバム

に貼ってあった写真が、その人の若い頃のものかどうか、私にもわからなかったのです」

「いや、それでよくわかりました。三郎君はこの事件と、その後賢蔵氏が島で経験したエ

ピソードの二つをたくみにモンタージュして、それへ三本指の男の写真を織りこみ、ここ

に一つ架空の事件と人物を創作したんですね。うまいもんですな。ははははは、島のエピ

ソードが選ばれたのはそこに琴が出ているからでしょう。賢蔵さんはああいう人だから、

自分の日記を決してひとに見せるようなことはなかったでしょう。しかし、三郎君のよう

な人にかかってはかなわない。三郎君は面白がって、兄さんの秘密をすっかり覗いていた

んです。そしてどこにどんなことが書かれているか、どれとどれをアレンジすれば、この

事件に関係があるらしく見えるか、そんなことをすぐ思いつくほど、彼氏はよい頭脳を

持っているんです。だから私は思うんですが、三郎君がいったん、この計画に参加してか

らというものは万事はその方寸から出て、賢蔵氏はただ命それに従う人形に過ぎなかった

んでしょう。何しろ三郎君は面白半分に、探偵小説的蘊うん蓄ちくを傾けるんですから叶

かないませんや」

 金田一君のそういう話をきいていても、私は少しも不自然には思わなかった。この一柳

家では、隆二さん一人がまずふつうの人間である以外に、誰も彼もいっぷう変わっている

ことを、私もよく知っていたからである。

「さて、そういうふうに万事手筈が終わった後に、死体の手頸を切り落とし、それから二

人で炭焼きがまの中に埋めたんです。それは二十五日の夜明け前のことになります。さて

その日の夕方、即ち式のはじまる直前に、三本指の男がまた台所へ出現したということに

なりますが、これはむろん賢蔵氏自身だったんでしょう。アルバムや日記にああいう細工

をしておいても、それがそのまま見落とされては、なんにもならない。それで警部さんの

注意をそのほうへ持っていくためと、もう一つには三本指の男がその頃まで生きていたこ

とを示すためにああいうことをやったのだろうと思う。さて、台所であの紙片を渡すと、

賢蔵氏は西側の道から裏の崖へまわり、そこから滑りおりて、離家へはいって着替えをし

て待っている。そこへお秋さんが来てあの紙片を渡す。賢蔵氏はそれをズタズタに引きさ

いて袂へねじ込み、はなれを出ていったが、その時、雨戸をしめておいてくれるようにお

秋さんに頼んでいった。ところがお秋さんが母屋へかえったときには、賢蔵氏の姿がどこ

にも見えなかったというが、見えないのも道理、賢蔵氏はまだこの離家にいて、足跡をつ

けたり、自分の血をとってそこの柱や雨戸の裏に三本指の指紋をつけたり、それから証拠

の鞄や洋服を、炭焼きがまの煙突のなかへ突っこみにいったり、更に大体用意してあった

琴糸を、欄間のところまで引いて来たのもその時だったでしょう」

 ふいに警部が大きく眼を瞠った。


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