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本陣殺人事件--止むを得ざる密室(5)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 隆二さんはちょっと眉をあげて金田一君の顔を見た。

「このことはさっきも警部さんから訊いてもらった筈なんですが、あなたは二十五日の夕

方すでにこちらへ来ていられた。それだのに何故式に列席なさらなかったのです。そして

また翌日になって、何故いま着いたばかりというような噓をつかれたのです」

 隆二さんはそれをきくと、愁然と首をたれた。

「そのことなら、いまの三郎に関するあなたのお話で、私にもはじめてはっきりと兄の真

意がわかりました。兄は私に、決して今度の式にかえって来てはならぬと、厳重にいって

来たんです。おそらく兄は、私につまらぬ疑いがかかってはならぬと、アリバイをつくっ

てくれたのでしょうが、私にはその真意をはかりかねた。しかもその手紙にある、なんと

もいえない強い語気が、私を不安にさせたので、私はかえって来ずにはいられなかったん

です。そこで学会を一日早く切り上げて、川──村まで様子をききに来たんですが、式には

やはり出ないほうがいいだろうと思ってひきかえしました。ところが翌日になってあの騒

ぎですから、おじさんや三郎とも打ち合わせて、その朝着いたということにしてしまった

のです」

「兄さんはあなたを愛していたんですね」

「いや、兄が私を愛していたというよりも、私だけが兄を理解していたのです」

「わかりました。兄さんはあなたに疑いがかかることを懼れたというよりも、あなたに真

相を看破されることを懼れたのではありませんか」

 隆二さんはうなずいて、

「そうかも知れません。あの朝、話をきいたとたん、私は兄のやったことなのだ、と直感

したくらいですから。何故──そしてどういう方法でやったのか、それは私にもわからな

かったが……」

「いや、有難うございました。これであなたのことは片づきました。さて、これからいよ

いよ犯行の場面ですが、その前に床盃が終わったとき、賢蔵さんは琴柱の一つをお母さん

の袂にそっと忍ばせておいたのです。この事は、警部さんの話をきいたとき、すぐ私はそ

れに気づいたのですよ。何故といって、あの落ち葉溜めから発見された琴柱には、三本指

の指紋以外には誰の指紋もついていなかったということでしたね。もしその琴柱があの晩

琴についていたものとしたら、それは明らかに不合理なことなんです。この琴はその晩鈴

子さんと克子さんとによって弾かれている。そして琴を弾く場合には誰でも一度調子をあ

わせるものですが、それには左手で琴柱の位置を調節するでしょう? だから、この琴か

ら持ち去られたものとしたら、当然、そこに鈴子さんや克子さんの指紋が、残っていなけ

ればならぬ筈なんです。まさか犯人が、他人の指紋を綺麗にぬぐって、自分の指紋だけを

つけておくなんて考えられませんからねえ。だから、あの琴柱はその晩ここでひかれた琴

についていたものではない。そしてあの血にそまった指紋は故意にそこに残されたもので

ある。と、私はそういうふうに考えたのです」

 銀造氏はマドロスパイプを咥くわえたままおだやかにうなずいた。警部はいくらか面目

なげに頭を搔いていた。隆二さんはまた首をうなだれてしまった。

「賢蔵さんがお母さんの袂にしのばせた琴柱は、私がそこから発見しましたよ。これは多

分、三郎君があとで始末をする筈だったのでしょうが、打ち合わせが不十分だったのか、

それとも混雑にとりまぎれて三郎君が忘れたのか、今日までそこにあったのです。さて、

これで準備は全部出来上がったわけです。そしてあとはいよいよ悲劇の瞬間ですが……」

 金田一君もさすがに顔をくもらせた。私たちも思わず息をのんだ。


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