隆二さんはちょっと眉をあげて金田一君の顔を見た。
「このことはさっきも警部さんから訊いてもらった筈なんですが、あなたは二十五日の夕
方すでにこちらへ来ていられた。それだのに何故式に列席なさらなかったのです。そして
また翌日になって、何故いま着いたばかりというような噓をつかれたのです」
隆二さんはそれをきくと、愁然と首をたれた。
「そのことなら、いまの三郎に関するあなたのお話で、私にもはじめてはっきりと兄の真
意がわかりました。兄は私に、決して今度の式にかえって来てはならぬと、厳重にいって
来たんです。おそらく兄は、私につまらぬ疑いがかかってはならぬと、アリバイをつくっ
てくれたのでしょうが、私にはその真意をはかりかねた。しかもその手紙にある、なんと
もいえない強い語気が、私を不安にさせたので、私はかえって来ずにはいられなかったん
です。そこで学会を一日早く切り上げて、川──村まで様子をききに来たんですが、式には
やはり出ないほうがいいだろうと思ってひきかえしました。ところが翌日になってあの騒
ぎですから、おじさんや三郎とも打ち合わせて、その朝着いたということにしてしまった
のです」
「兄さんはあなたを愛していたんですね」
「いや、兄が私を愛していたというよりも、私だけが兄を理解していたのです」
「わかりました。兄さんはあなたに疑いがかかることを懼れたというよりも、あなたに真
相を看破されることを懼れたのではありませんか」
隆二さんはうなずいて、
「そうかも知れません。あの朝、話をきいたとたん、私は兄のやったことなのだ、と直感
したくらいですから。何故──そしてどういう方法でやったのか、それは私にもわからな
かったが……」
「いや、有難うございました。これであなたのことは片づきました。さて、これからいよ
いよ犯行の場面ですが、その前に床盃が終わったとき、賢蔵さんは琴柱の一つをお母さん
の袂にそっと忍ばせておいたのです。この事は、警部さんの話をきいたとき、すぐ私はそ
れに気づいたのですよ。何故といって、あの落ち葉溜めから発見された琴柱には、三本指
の指紋以外には誰の指紋もついていなかったということでしたね。もしその琴柱があの晩
琴についていたものとしたら、それは明らかに不合理なことなんです。この琴はその晩鈴
子さんと克子さんとによって弾かれている。そして琴を弾く場合には誰でも一度調子をあ
わせるものですが、それには左手で琴柱の位置を調節するでしょう? だから、この琴か
ら持ち去られたものとしたら、当然、そこに鈴子さんや克子さんの指紋が、残っていなけ
ればならぬ筈なんです。まさか犯人が、他人の指紋を綺麗にぬぐって、自分の指紋だけを
つけておくなんて考えられませんからねえ。だから、あの琴柱はその晩ここでひかれた琴
についていたものではない。そしてあの血にそまった指紋は故意にそこに残されたもので
ある。と、私はそういうふうに考えたのです」
銀造氏はマドロスパイプを咥くわえたままおだやかにうなずいた。警部はいくらか面目
なげに頭を搔いていた。隆二さんはまた首をうなだれてしまった。
「賢蔵さんがお母さんの袂にしのばせた琴柱は、私がそこから発見しましたよ。これは多
分、三郎君があとで始末をする筈だったのでしょうが、打ち合わせが不十分だったのか、
それとも混雑にとりまぎれて三郎君が忘れたのか、今日までそこにあったのです。さて、
これで準備は全部出来上がったわけです。そしてあとはいよいよ悲劇の瞬間ですが……」
金田一君もさすがに顔をくもらせた。私たちも思わず息をのんだ。