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本陣殺人事件--曼珠沙華(2)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

「そこで私はこういったのです。殺人事件の起こった場合、まず第一に疑われるのは、被

害者の死によって、いちばん利益を受けるものである。この場合では隆二兄さんだが、隆

二兄さんはいまこの家にいないから、嫌疑者からオミットされる。そうなると疑いは自分

にかかって来るにちがいない。……私はそういったのです。すると兄さんが、なぜ、なぜ

お前が疑われるのだ。おれが死んだって、お前は少しも利益は受けないじゃないか。この

財産はみんな隆二のものになるんだぜ。と、いいました。そこで私がいったんです。そん

なことはありません。兄さんが死ぬと、私は五万円の保険金が受け取れる。……」

 三郎がこういったときの、賢蔵の顔こそ、見物だったろう。かれはまるで、不思議な動

物でも見るような眼つきをして、三郎の顔を視つめていたそうだが、やがて物凄い笑いか

たをすると、こんな事をいったということである。

「三郎、お前は利口な奴だ。なかなか頭脳がいい。よし、それならば勝手にしゃべれ。兄

さんは自殺したんだといいふらせ。その代わり三郎、お前は保険金を受け取れないぜ。被

害者が自殺をした場合には、保険金は支払われないことになっているんだから。三郎、そ

れでもよいか。五万円をふいにしても、三郎、おまえは惜しいとは思わないか……」

 弟が弟なら兄も兄であった。一柳家の人たちは、みんな異常なところがあったが、わけ

ても三郎は、いちばん風変わりな性質だったらしい。かれは兄のその一言で、すっかりジ

レンマにおちいったのであった。そこで、自分に疑いのかからぬように、アリバイをつく

ることを兄に約束させると、さて、それから後は大乗り気で、得意の探偵小説的うんちく

を傾けて、この計画に参画したのである。

 私が思うのに、三郎がかくも熱心に、兄の計画を助けたのは、むろん五万円の問題も

あったろうが、もうひとつは、うまれてはじめて獲得した、兄に対する優越感が、面白く

てたまらなかったからでもあろう。金田一耕助の指摘しているとおり、いよいよ三郎が参

加して、探偵小説のうんちくを傾けはじめてからというものは、兄弟の地位はすっかり顚

倒してしまったそうである。賢蔵は唯々諾々として三郎の命令のまま動いた。三郎がつぎ

からつぎへと思いつく、奇妙なトリックに対しても、苦笑いをしながらも、唯命これ従

う、という有様だったそうである。三郎にはそれが得意で、面白くて耐まらなかったのに

ちがいない。

 三本指の男の持っていた写真から、あのアルバムのトリックや、それからひいては日記

の細工を思いついたのは、みな三郎であった。また、死人の手頸を斬り落としておいて、

その指紋を利用しようと考えたのもかれだった。但し、三本指の男を犯人に仕立てようと

いう考えは、賢蔵も持っていたそうである。しかし、賢蔵にはそれをどうすればよいか、

よく分からなかった。かれはただ、三本指の男の死体を、人知れずかくしてしまったら、

そいつに疑いがかかりはしないか……と、それぐらいの知恵しかうかばなかった。そこを

三郎が修飾し、補筆して、まんまとあの大芝居に完成したのである。

 世の中にはこういう才人──三郎もたしかに一種の才人にはちがいない──が、ままある

ものである。自ら主役となって筋はかけないが、他人のかいたあら筋を修飾し、補筆し、

助言して、面白いものに完成する。そういうことに、不思議に妙を得た人物があるものだ

が、三郎もそれだったのであろう。

 しかし、この事件における三郎は、修飾者だけではおさまらなかった。おそらく、あま

り得意になりすぎたかれは、自分も主役が演じたくてたまらなかったのだろう。そのこと

は、つぎのようなかれの言でもわかるのである。

「あの手頸は、もし誰かひとりでも、自殺と疑うような者があった場合に利用するつもり

で、猫の死体といっしょに埋めることにしたんです。私はそれを、事件のあったつぎの

晩、ひそかに掘り出しておきました。その時鈴子が夢遊病を起こして、ふらふらやって来

たので、三本指を見せておどかしておいたのです。しかし、その時には、私もまさか、あ

んなふうに利用しようとは、夢にも思っていませんでした。私に、あんなことを思いつか

せたのは、あの小生意気な、金田一耕助という男なんです。あいつがもう少し鹿しか爪つ

めらしい、堂々とした探偵だったら、私もあんな真似はしなかったでしょう。ところが、

あいつときたら、年頃からいっても、私とあまりちがわないし、しかも、風采のあがら

ぬ、貧弱な男でいながら、いやに名探偵ぶっているのが、私には癪しやくにさわってたま

らなかったんです。そこへもって来てあいつは、密室の殺人でも、機械的トリックは面白

くないなどと、私に挑戦して来た。いまから思えばあの男の手だったんですが、私はつ

い、うっかり、その手に乗ってしまったんです。よし、それならひとつ、このトリックを

看破してみろ……そういう気持ちで、私はもう一度、密室の殺人をやってみせようとした

んです。そこで、前の晩掘り出しておいた手頸で、屛風に血の指紋をつけると、その手頸

はまた、猫の墓のなかにかくしておき、そのあとで、ああいう芝居をしてみせたのです。

もちろん、こんな深い傷をうけるつもりはなかった。ほんのちょっぴり、かすり傷をうけ

ておくつもりだったんです。私は兄がやったとおりにして、あとは日本刀を屛風にぐさり

と差しこんでおき、そこへ自分から背中を持っていったんですが、もののはずみで、こん

な深傷になってしまったんです。あの樟の木をしらべて下されば、鎌のかわりに、私がと

りつけておいた剃刀かみそりが見つかる筈です」


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