吉田の銀さんが、いよいよお嫁さんを貰うことになりました。ところで、そのお嫁さん
を誰だとお思いになって? 嫂あによめの加奈江さんなのです。加奈江さんの御主人安さ
んは、南方へいったきり消息がわからなかったのですが、ちかごろはビルマかどこかで戦
死したことがわかりました、そこで弟さんのお嫁さんになることになったのです。加奈江
さんは銀さんより三つ年上だということです。村の人はお目出度いといっています。そし
て安さんが生きていたら、たいへんなことになるところだったと、ニヤニヤしながら申し
ます。
わたしはなんだか変な気がしましたが、この話をきいたとき、お祖母さまはとても考え
こんでおしまいになりました。そしてわたしと二人きりになったとき、
「慎吉はいくつになったのかしら」
と、ひとりごとのようにおっしゃいました。
「兄さんはわたしより八つうえだから、二十五でしょう」
と、こたえますと、
「そう。……そうすると、梨枝より一つうえだね」
と、おっしゃいました。わたしがびっくりして、どういうわけかと思ってお祖母さまの
顔を見ていると、お祖母さまは気がついたように、きつい顔をして、こんなことをおっ
しゃいました。
「鶴代、お祖母さまがいまいったことを、決して誰にもいうんじゃありませんよ」
お祖母さまはそれから、俄にわかに思い立ったように、御仏壇にお灯とう明みようをあ
げ、長いことそのまえで合掌していらっしゃいました。
わたしには、お祖母さまが何を考えていらっしたのかわかりません。
〇
(昭和二十一年七月三日)
ダ イスケカヘルスグ コイ」マキ
〇
(昭和二十一年七月六日)
兄さん、お加減はいかがですか。送っていった鹿蔵の話では、療養所へつくと発熱し
て、また赤いものが出たという話なので、お祖母さまもたいへん心配していらっしゃいま
す。
兄さん、どうぞ昂こう奮ふんなさらないで。あまりここで昂奮なすって、せっかく順調
にいってたお体が、また悪くでもなるようなことがあったら、わたしたちどうしたらいい
のでしょう。お年よられたお祖母さまのことも考えてあげてください。こうなったらも
う、兄さんひとりが頼りなのですから。
それにしてもあの日の驚き! いま思い出しても腹の底がつめたくなるような気がしま
す。
あれはさきおとといのことでしたわ。夕方ごろ、わたしは土蔵のなかのお座敷で、兄さ
んに送っていただいた御本を読んでおりました。隣のお部屋ではお祖母さまが、眼め鏡が
ねをかけてほどきものをしていらっしゃいました。梅つ雨ゆどきの、妙に冷えびえする晩
方で小雨が降ったりやんだりしていました。
わたしはときどき本から眼をあげて、隣のお部屋をふりかえってみると、お祖母さま
は、ほどきものをする手をとかく怠りがちに、なにやら深くかんがえこんでおられる様子
でした。生意気なことをいうようですが、わたしにはそのとき、お祖母さまがなにをかん
がえていられるか、はっきりわかるような気がしたのです。それというのが、その日の昼
過ぎ、吉田の銀さんがあたらしいお嫁さんの、加奈江さんとおそろいで挨あい拶さつに来
られたからです。