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恐ろしき妹(1)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 恐ろしき妹

     付、鶴代真相を語ること、並びに慎吉付記のこと

    〇

(昭和二十一年十月七日)

 このあいだから思いみだれ、悩みまどうて来たこの気持ちを、今日はなんとかして一篇

の手記にまとめあげたいと、病みほうけ、起きあがるかいもない体でこうして机に向かい

ました。こうして同じ屋根の下に住むようになった兄さんに、手紙を書くということはお

かしなことです。しかし、これ以外に鶴代のいまのこの気持ちを、兄さんにおつたえする

すべを知りません。しかも、いまのうちにそれを果たしておかなければ、もうすぐ遅過ぎ

ることになるであろうことも、鶴代はよく知っております。大助兄さんの復員以来、猜さ

い疑ぎと恐怖と緊張に、いためつけられて来たわたしの心臓はあの大惨事の際、一瞬にし

て鼓動を停止するかと思われました。それをいままでつなぎとめて来たのはひとつに自分

の責任感からでした。お祖母さまがお倒れになった、せめて自分だけでもしっかりしてい

なければならない。そういう自覚がからくも、かぼそいわたしの生命の根をつなぎとめて

くれたのです。しかし、それももう限界に達しています。つい二、三日前に思いがけなく

わたしを見舞ったあの恐ろしい発見、それはもう一挙にしてわたしの自信を粉砕してしま

いました。ああ、ああ、わたしはもうこれ以上生きてはいけまい!

 わたしが何を発見したか。それはこうです。

 あれはさきおとといのことでした。昏こん々こんとして眠りつづけるお祖母さまの枕も

とに坐って、わたしはとりとめもなくものかなしい思いを、心のなかにつづっていたので

す。兄さんはどこかへお出かけになって留守でした。鹿蔵は野良へ出ていきました。わた

しは一人で窓の外に見える葉鶏頭の赤さを視詰めていました。と、その時なのです。わた

しは自分の坐っている畳の、なんとなく坐り心地の悪いのをかんじました。はじめのうち

は気にもとめず、二、三度座をずらせたりしていたが、どうしても坐り心地が悪いので、

何気なく畳を見ると、少しばかり畳のはしが持ち上がっているのです。わたしは妙に思い

ました。お祖母さまはきちょうめんなかたで、畳なども一枚の板のように、ピッタリ合っ

ていなければ気にすまぬかたです。いったい、何が畳の下に、はさまっているのであろ

う。……わたしは何気なく畳のはしを持ち上げたのですが、すると、その下に奉書の紙で

包んだものがおいてあります。わたしは、なんとなくはげしい胸騒ぎをかんじました。こ

んなところに何がかくしてあるのだろう。

 お祖母さまを見るとすやすやとよく眠っていらっしゃいます。わたしはうしろめたさを

感じましたが、やっぱり好奇心のほうが強かったのです。わたしはそっとその包みを畳の

下から取り出しましたが、板のような固い手触りが、はっとあるものをわたしに連想させ

ました。わたしは急いで奉書の紙をひらいてみました。

 それはやっぱり絵馬でした。しかも大助兄さんが出征するとき、御崎様へおさめたかた

しろ絵馬、お杉がそれを取りにいって、崖から落ちて死んだあの絵馬なのです。

 ああ、そのときのわたしの驚き! わたしはいまにも心臓の鼓動がとまるような気がし

ました。お祖母さまはどうしてこの絵馬を持っていらっしゃるのだろう。いえいえ、ここ

はお祖母さまのお部屋ですし、奉書に包んだ手際はたしかにお祖母さまだし、してみれ

ば、これをかくしたのはお祖母さまにちがいございません。と、すれば、お祖母さまはど

うしてこの絵馬を手にお入れなすったのだろう。わたしはなにかしら、わっと大声に叫び

たいような恐怖にうたれたことでした。

 このことがあってから、わたしは夜も昼もそれを考えつづけました。兄さんも御存じの

とおり、わたしは何か気になることがあると、それがどっちかへ片付くまではどうしても

落ち着くことの出来ない性質です。わたしは考えて、考えて、考えつづけました。そして

その揚げ句、すっとつぎのような結論に到達しました。


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