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恐ろしき妹(5)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 私はいまでもあの夜のことを忘れることは出来ない。真夜中の二時ごろ、私は鹿蔵に起

こされて裏山へ連れ出されて、そこに兄の立っているのを見て愕然とした。兄はすぐその

場から鹿蔵を去らせ、そこではじめて嫂の不貞、私の不信の罪を鳴らした。伍一のことは

知らないが、私に関する限り、まったく身におぼえのないことだったので、私はむろん極

力抗弁した。しかし、もうそういう言葉の耳に入る兄ではなかった。兄はいきなり短刀を

ふるって私に斬りつけた。

 それから後のことは、あまり語りたくない。いや、語ろうにも私にもはっきり記憶がな

いのだ。私たちは嵐の中で揉みあった。私はただ助かりたい一心と、兄を正気に戻したい

ばかりに抵抗したのだ。私たちは組み合ったまま横に倒れた。それきり兄は動かなくなっ

た。気がつくと兄の心臓にあの短刀が根元まで突き立っていた。不思議に血は一滴も出て

いなかった。

 あのとき、私がどうしてあの死骸をY村まで運ばせて、井戸の中へ投げ込ませようなど

と考えついたのか、自分でもわからない。私はすぐに鹿蔵を呼んで来て死骸を見せた。鹿

蔵はふるえあがって怖れたが、そのときかれは、こんなことをいった。

「若旦那、この人はどうせ遅かれ早かれ死ななきゃならなかったんだ。だって、奥さんを

殺しているんですからね。旦那、わたしがこの死骸を自転車につんで帰りましょう。誰も

この人がここへ来たことを知るものはねえだから……」

 鹿蔵のこの言葉がヒントとなって、私はああいう計画を立てたのだ。兄の死骸を井戸へ

投じたのは、鶴代の看破したとおりの理由による。私は兄の死骸を嫂と並べておきたかっ

たのだが、ズブ濡れになった死骸を座敷へおくわけには、いかなかった。しかし、自分の

計画が、ああうまく成功するとは思わなかったし、また鹿蔵の口がああまで堅かろうと

は、まったく予期しないところだった。私はただ自分の気持ちが整理されるまで、ひとま

ず事件からはなれていたかったのだ。

 昭治君が私の罪をひきうけたのは、鶴代の察しているとおりの理由からであった。昭治

君がK村で過した幼いときの四年間、私たちはもっとも仲のよい友達だった。だから復員

して来た昭治君が小野のおじさんのところからお咲さんに追い出されると、かれはこの療

養所へやって来た。その時私はいくらかの金を恵んだのである。爾来、昭治君はときど

き、そっと私を訪ねて来るようになり、O市の刑務所を破って出て来たときも、一番に私

のところへやって来た。私は別に法に反抗するつもりはなかったが、昭治君という人間を

昔から気の毒な人と思っていた。ちかごろのかれの生活には同感出来なかったが、そこへ

落ちていかざるを得なかった経路には同情した。だからかれを密告するどころか、逆にい

ろんな面でかれを援助していたのである。

 九月一日、あの恐ろしい事件の夜も、昭治君はこっそり私のところへ来ていた。鹿蔵を

送り出したあと、私はかれを叩き起こして、いちぶしじゅうの話をした。かれも驚いたら

しかったが、すぐこんな事をいって胸を叩いた。

「慎ちゃん、大丈夫だ。いざとなったらおれが一切しょいこんでやる。なに、どうせこち

とら躓つまずいた人間なのだ。人殺しの一つや二つしょいこんだところで、同じことだ

よ」

 昭治君はそういって、ものすごい顔をしてわらった。それから現場に何か証拠になるよ

うなものが残っているといけないからと、一人で出ていったが、しばらくするとニヤニヤ

しながらかえって来て、

「だから、人は駄目だというのだ。ほら、こんな立派な証拠がのこっていたじゃないか」

 そういって、掌にのせて出してみせたのがあの兄の義眼だった。私はそのとき、血の凍

るような恐怖をかんじたことを憶えている。


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