「探偵小説で『顔のない屍体』が出て来ると、きっと犯人と被害者がいれかわっているん
ですか」
「まあ、そうです。たまには例外もありますが、やはり犯人被害者いれかわりという公式
のほうが、面白いようですね」
「ふうむ」
と、金田一耕助はうなって、しばらく考えこんでいたが、
「しかし、例外よりも公式のほうが面白いというのは、絶対の真理ではありませんね。そ
のことはただ、いままで書かれた小説の場合、そうであったというだけで、今後、『顔の
ない屍体』を扱いながら、犯人被害者いれかわりでなく、なおかつ、それ以上の面白味を
持った探偵小説が、うまれないとも限りませんね」
「そ、それなんですよ」
と、私は思わず膝を乗り出した。
「私もそれを考えているんですよ。ねえ、金田一さん、いままであなたの扱った事件のう
ちで、そういうふうな、事実は小説よりも奇なりというような事件はありませんか。私も
探偵作家のはしくれであるからには、いつかこのテーマを取りあつかって、犯人と被害者
いれかわりという、公式的な結末以上の結末をもって、探偵小説の鬼どもを、あっといわ
せてやりたくてたまらないんですよ」
私が興奮して、口から唾をとばしながらそんな事をいうと、金田一耕助はにこにこしな
がら、
「さあ、──いままで扱った事件のうちにはなかったようですね。しかし、まあ、失望なさ
る事はない。世の中には、ずいぶんいろんなことがある。また、ずいぶん、いろんなこと
をかんがえる人間がいる。だから、いつ、なんどき、あなたの御註文にはまるような事件
に、ぶつからないとも限らない。そんなのがあったら、さっそく御報告することを、いま
からお約束しておきましょう」
金田一耕助はその約束を守ってくれたのであった。
さて、小包みがついたとき、私がどんなに興奮したか、そしてまた、書類を読んでいく
にしたがって、私がどのように戦慄したか、それらのことは、ここでは一切述べないこと
にする。そうでなくても、長くなった前置きに、さぞや読者諸賢が、しびれを切らしてい
られることだろうと思うからである。
しかし、もう一言だけいわせて貰いたいのだが、その書類というのは、金田一耕助の手
紙にもあるとおり、実に種々雑多な記録の集まりであった。私はそれらの書類を、いった
いどういうふうに処理すべきか、たいへん迷ったことである。いっそ、外国の小説によく
あるように、そのまま、順次ならべていこうかとも思ったのだが、それでは読む人にとっ
て、まぎらわしいような気がしたので、やはり小説ふうに書いていくことにした。金田一
耕助もいっているとおり、はたしてうまく消化出来るかどうか、それは読むひとの判断に
まつよりほかはない。