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黒猫亭事件--はしがき(4)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

「探偵小説で『顔のない屍体』が出て来ると、きっと犯人と被害者がいれかわっているん

ですか」

「まあ、そうです。たまには例外もありますが、やはり犯人被害者いれかわりという公式

のほうが、面白いようですね」

「ふうむ」

 と、金田一耕助はうなって、しばらく考えこんでいたが、

「しかし、例外よりも公式のほうが面白いというのは、絶対の真理ではありませんね。そ

のことはただ、いままで書かれた小説の場合、そうであったというだけで、今後、『顔の

ない屍体』を扱いながら、犯人被害者いれかわりでなく、なおかつ、それ以上の面白味を

持った探偵小説が、うまれないとも限りませんね」

「そ、それなんですよ」

 と、私は思わず膝を乗り出した。

「私もそれを考えているんですよ。ねえ、金田一さん、いままであなたの扱った事件のう

ちで、そういうふうな、事実は小説よりも奇なりというような事件はありませんか。私も

探偵作家のはしくれであるからには、いつかこのテーマを取りあつかって、犯人と被害者

いれかわりという、公式的な結末以上の結末をもって、探偵小説の鬼どもを、あっといわ

せてやりたくてたまらないんですよ」

 私が興奮して、口から唾をとばしながらそんな事をいうと、金田一耕助はにこにこしな

がら、

「さあ、──いままで扱った事件のうちにはなかったようですね。しかし、まあ、失望なさ

る事はない。世の中には、ずいぶんいろんなことがある。また、ずいぶん、いろんなこと

をかんがえる人間がいる。だから、いつ、なんどき、あなたの御註文にはまるような事件

に、ぶつからないとも限らない。そんなのがあったら、さっそく御報告することを、いま

からお約束しておきましょう」

 金田一耕助はその約束を守ってくれたのであった。

 さて、小包みがついたとき、私がどんなに興奮したか、そしてまた、書類を読んでいく

にしたがって、私がどのように戦慄したか、それらのことは、ここでは一切述べないこと

にする。そうでなくても、長くなった前置きに、さぞや読者諸賢が、しびれを切らしてい

られることだろうと思うからである。

 しかし、もう一言だけいわせて貰いたいのだが、その書類というのは、金田一耕助の手

紙にもあるとおり、実に種々雑多な記録の集まりであった。私はそれらの書類を、いった

いどういうふうに処理すべきか、たいへん迷ったことである。いっそ、外国の小説によく

あるように、そのまま、順次ならべていこうかとも思ったのだが、それでは読む人にとっ

て、まぎらわしいような気がしたので、やはり小説ふうに書いていくことにした。金田一

耕助もいっているとおり、はたしてうまく消化出来るかどうか、それは読むひとの判断に

まつよりほかはない。


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