二
これがまえにもいったとおり、昭和二十二年三月二十日、午前零時ごろのことで、それ
からいよいよ捜査活動という段取りになるわけだが、何しろ事件の発見された時刻が時刻
だから、警察の人々が現場にそろったのは、もう夜のひきあけごろの事であった。その中
に村井という老練の刑事があったが、(以下しばらく私は、この人を中心として話をすす
めていきたいと思うのだが)かれが、現場へついて、第一番にやったことは、付近の地形
や地理を調べることであったらしい。金田一耕助の送ってくれた書類のなかに、そのとき
村井刑事のとった見取り図と、それに関する説明がきが入っているが、それによると「黒
猫」の付近は、だいたいつぎのようになっているらしい。
まえにもいった蓮華院という寺は、昔はかなり大きなものだったらしく、その境内はい
までも表通りから裏坂までひろがっている。即ち、蓮華院の山門は、賑にぎやかなG町銀
座のほうにあって、「黒猫」のある裏坂のほうは寺の背後にあたっており、そこには、武
蔵野のおもかげをとどめる雑木林にとりまかれて、かなり荒れはてた墓地があった。さ
て、まえにもいったとおり、そのへんいったい西にむかって傾斜しているのだが、蓮華院
の西っ側、即ち「黒猫」の背後にあたるところで、急に大きな段落をなしている。しかも
その崖は、「黒猫」のまえの通り、即ち、G町銀座の表通りと、裏坂をつなぐ南北のみち
まではみ出しているので、「黒猫」は家の二方面、つまり東と南をこの崖でとりかこまれ
ていることになる。ということは、「黒猫」には軒をならべる隣家がなくて、しかも裏坂
をへだてる西北の一劃は、いちめんの焼野原になっているのだから、一軒ポツンと孤立し
て立っているのも同然で、こういう地形から見ても、いかさま、陰惨な犯罪にはお誂あつ
らえむきの場所とおもわれた。
さて、村井刑事はこれだけのことを見てとった後、「黒猫」の裏庭へはいっていった。
検屍はもうすんで、屍体は解剖のために運び出されたあとだったが、司法主任の指図で、
わかい刑事たちがまだ丹念に、庭のあちらこちらを掘ってみているところであった。村井
刑事は司法主任のほうへ近づいていった。
「検屍の結果はどうでした。死後どのくらいたっているのですか」
「だいたい三週間ぐらいだろうというんだがね。むろん、解剖の結果をみないと、正確な
ところはいえないが……」
「三週間というと、きょうは二十日ですから、先月のおわりか、今月のはじめということ
になりますね」
「まず、そんなところだろうね」
「すると、それ以来、屍体はここに、埋められていたということになりますか。それで、
よく、誰にも気付かれなかったもんですね。近所で聞くと、まえの経営者がひっこして
いったのは、一週間ほどまえのことだというんでしょう。それまでは、経営者夫婦のほか
に、女が三人いたという、その連中が、全部共犯者とは思えないのに、どうして気付かな
かったもんですかね。屍体を埋める穴といやア、ちっとやそっとの事じゃない。相当広範
囲にわたって、掘りかえした跡がのこる筈ですからね」
「ところがね、犯人はうまいことを考えたんだよ、ほら、見たまえ。この落ち葉だ、犯人
はこれで、穴を掘った跡をかくしておいたんだよ」
なるほど──と、うなずいて村井刑事は頭上を見上げた。そこには蓮華院の雑木林が、
うっそうとしげっていて、「黒猫」のせまい庭をおおうていた。