「ところで、死因は? むろん他殺でしょうね」
「もちろん他殺だよ。後頭部に、ものすごい一撃をくらっているんだ。見たまえ、あれが
兇器だ。さっき屍体といっしょに掘り出されたんだがね」
司法主任は足下の蓆むしろのうえを指さした。さっきまで、屍体を寝かしてあったその
蓆のうえには、土にまみれた薪まき割わりが、一挺ちようほうり出してあった。それは郊
外住まいの家庭なら、どこにでもありそうな小さな薪割りで、いかさま、手頃の兇器とお
もわれた。村井刑事はその薪割りの、刃や柄についている黒いしみをみると、思わず顔を
しかめたが、ふと、そばを見ると、
「ところでこの髪の毛は──おや、これはかもじですね。これはどうしたんですか」
「やっぱり、おなじ穴から出て来たんだよ。被害者は添え毛をしていたんだね。ちかごろ
じゃ、女はみんな断髪だから、髪を結うとなると、そんなかもじが必要なんだね」
「すると、被害者は、かもじをつけた女ということになりますね。ほかに何か。……身み
許もとのわかるようなしろものは。……」
「なんにもない。完全に素っ裸なんだからね、わかっているのは二十五から三十までの女
──と、ただそれだけだ。しかし、なに、先月の終わりから今月のはじめへかけて、この近
辺で行く方のわからなくなった女、それを調べていけば、だいたい見当がつくだろう」
司法主任はしごくあっさりそういったが、それがいかに困難な仕事であったか、後に
なってわかったのである。
「ときに、日兆という坊主ですがね、あいつはどうして、ここに屍体のあることを知って
いたんですか」
「さあ、それだよ。あの男とても興奮していて、まだ取り調べる状態になっていないんだ
が、昨夜、長谷川巡査にしゃべったところによると、だいたいこうらしい。二、三日ま
え、あの男が崖のうえを通りかかると、この庭で、何やらがさがさという音がする。何気
なく覗いてみると、犬が落ち葉をかきさばいているんだが、すると、ふいににょっきり、
人間の脚らしいものが落ち葉の下から覗いたというんだ。しかし、そのときはおりて来
て、たしかめてみる勇気はとてもなかった。ところがそれ以来というもの、そのことが気
になって、気になってたまらない。忘れようとすればするほど思い出す。しまいには、夢
にまで見るしまつなので、昨夜とうとう、意を決してたしかめに来た。──と、こういうん
だ。見たまえ、そこの崖ンところに、人の滑りおりた跡があるだろ。そこから、シャベル
をかついでやって来たんだね。妙な奴だよ。そんなに気になるのなら、交番へでもとどけ
て出ればよいものを、その勇気もなかったという。もっとも、果たしてそれがほんとうに
人間の脚かどうか、確信もなかったんだろうがね。それにしても変だよ。後であってみた
まえ。すこし精神に異常を来たしているんじゃないかと思う。それに……ええ、なに、何
かあったのかい」
さっきから、崖下を掘っていた刑事のひとりが、妙な声をあげたので、司法主任は急い
でそのほうへとんでいった。村井刑事ものこのこと後からついていった。
「猫ですよ。ほら、御覧なさい、こんなところに黒猫の屍体が埋めてあるんです」
「黒猫──?」
司法主任と村井刑事は、驚いたように、刑事の掘った穴のなかをのぞきこんだ。なるほ
ど落ち葉まじりの土の下から、まっくろなからす猫の屍体が半分のぞいている。
「猫が死んだので埋めたのですね。このまま埋めておきましょうか」
「いや、ついでのことに掘り出してみたまえ」