司法主任の言葉に、わかい刑事が掘りすすめているところへ、
「猫ですって?」
と、声をかけながら、横の木戸から、はいって来たのは長谷川巡査であった。穴のなか
を覗いてみて、
「ああ、クロですね」
「クロ? 君はこの猫を、知っているのかね」
「ええ、ここの看板猫ですよ。名前が『黒猫』だから、それにちなんで黒猫を飼っていた
んです。いつ、死んだのかな。──あっ」
穴を取りまいていた人々は、いっせいにわっと叫んで顔色をかえた。周囲の土を取りの
けたわかい刑事が、シャベルのさきで、猫の屍体をすくいあげたとたん、だらっと首がぐ
らついて、いまにも胴からもげそうになったからである。なんとその猫は、ものの見事に
咽の喉どをかききられて、首の皮一枚で、胴とつながっているのだった。
「こいつはひどい」
さすがのなれた村井刑事も、顔をしかめて、思わず眼をこすった。
「ふうむ」
と、司法主任も太いうなりごえをあげると、
「とにかく、その屍体は大事にしておいてくれたまえ。今度の事件になにか関係があるの
かもしれん」
そこから、長谷川巡査のほうをふりかえると、
「君はこの猫が、いつごろいなくなったか知らないかね」
と、訊ねた。
「さあ。──気がつきませんでした。しかし、ああ、そうだ。つい、五、六日まえまでいま
したよ。まえの経営者がひっこしていって、ここが空き家同様になってからも、黒猫がう
ろうろしているのを見たことがあります」
「五、六日まえ?」
司法主任は眼をみはって、
「馬鹿なことをいっちゃいかん。この猫を見たまえ。はっきりしたことはいえんが、死ん
でから、十日や二十日はたっているぜ」
「しかし、私はたしかにちかごろこの猫を見ましたがねえ。おかしいなア。なるほど、こ
れ、ずいぶん腐っておりますねえ」
長谷川巡査は帽子をとって頭をかきながら、困ったように小首をかしげた。司法主任と
村井刑事は思わず顔を見合わせた。何かしら恐ろしいもの、変へん梃てこなかんじが、ふ
うっと二人の胸をかすめてとおった。一瞬、誰も口を利くものはなかったが、猫の屍体を
掘り出したわかい刑事が、ふいにシャベルを投げ出して、ぴょこんと、うしろへとびのい
たのはその時だった。
「ど、どうしたんだ。何かあったのか」
「む、む、むこうに黒猫が……」
「えっ?」