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黒猫亭事件--三(2)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

「どうも失礼いたしました。これは私の言葉が足りなかったのです。糸島夫婦がひっこし

てからも、私はお君や、加代子や、珠江にあったことがありますよ。加代子と珠江は、店

がしまった日だから十四日のことです。道でバッタリ会ったので、おまえたち、商売を止

すというじゃないかと訊ねると、ええ、でも、お店の改築が出来たら、また働くことに

なっているの。今度の主人が、ぜひ来てくれというのよ、と、いうようなことをいってい

ました。それからお君にはその前日、町会事務所であいました。お君は転出証明をとりに

来たんですが、そのとき、お払い箱になったから、目黒の叔お母ばのところへでも行こう

といっていました」

「それで、マダムのお繁は……?」

「マダム……? マダムは、しかし……ねえ、警部さん、あの屍骸が殺されたのは、先月

の終わりか、今月のはじめってことになっているんでしょう。それから店を仕舞う十四日

まで、マダムの姿が見えなかったら、なんとか話がありそうなもんだが……ああ、そうそ

う、マダムにもその後、会ったことがありますよ。そうです。十四日の晩でした。御存じ

のとおり私のいる交番は、この横町を出たところにあるでしょう。私が交番の表に立って

いると、亭主の糸島大伍とマダムがならんで、急ぎあしにまえをとおっていきましたよ。

そのとき私は、いよいよ家を引きはらって、出ていくんだなと思ったから、十四日の晩に

ちがいありません」

「なるほど、それじゃあの屍骸は、『黒猫』のものじゃないということになるな。ところ

で、糸島夫婦はどこへ越していったんだね」

「それが、かなり遠方なんで……神戸なんですよ」

「神戸……? ふうむ」

 司法主任はそこでしばらく、黙ってかんがえこんでいたが、急に体をまえに乗り出す

と、

「さて、最後にもうひとつ、長谷川君、これが一番肝腎な質問だが、糸島夫婦はどういう

口実で、店を譲ることにしたんだね。近所では、それをどういうふうに見ているんだね」

「さあ、そのことですがね。それについちゃ、みんな不思議に思っていたんです。そりゃ

こういう商売も、仕込みが万事ヤミですから、見かけほど楽じゃないにちがいないが、

『黒猫』はたしかに当たっているという評判でした。だから、急に店を譲るという話をき

いたときには、近所のものばかりではなく、加代子も珠江も驚いたらしいんです。ところ

が、お君は──お君だけがおなじうちに住んでいただけあって、事情をうすうす知っていた

らしいんですが、いつか町会の事務所であったとき、こんな話をしていましたよ」

 糸島夫婦が中国からの、引き揚げ者であることはまえにもいった。お君もかれらがどこ

にいたのか、よく知らなかったが、なんでも華北の相当奥だったらしい。ところがそこへ

終戦が来て、日本人は全部送還されることになり、夫婦は奥地から天てん津しんへ出た。

その途中ではぐれたのか、それとも、乗船するときはなればなれになったのか、ともか

く、夫婦が日本へかえって来たのはいっしょではなかった。お繁のほうが、半年ほど早

かったのである。

 さて、ひとりぼっちの、無一物の、しかも外地に長くいたために、内地に識り合いを持

たぬ女の落ちいくさき、それはたいてい相場がきまっている、お繁は横浜のキャバレーへ

もぐりこんだ。ところが何しろ、ちょっと眼につく器量だし、腕も相当よいらしく、すぐ

男をつかまえた。男というのは浜の土建業者で、新円をうなるほど持っている人物であっ

た。お繁はその男の二号か三号におさまって、やっと塒ねぐらがあたたまった。ところ

が、そこへ引き揚げて来たのが亭主の糸島大伍である。そこに、どういういきさつがあっ

たのか、そこまではお君も知らないが、お繁は旦那と別れることになって、そのとき取っ

た手切れ金で「黒猫」の株を買ったのであった。


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