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黒猫亭事件--三(4)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3336

「その女──糸島の情婦の鮎子というのは、日華ダンスホールにいたことのある女なんだ

ね。それから、マダムの旦那というのは?」

「浜の土建業、風間組の親分で、風間俊六という男だそうです」

 司法主任はその名を手帳にひかえると、

「いや、それでだいたい、この家の様子はわかったが、ときに、日兆という男だがね。あ

の男はいったいどうなんだね。すこし気が変なんじゃないかね」

「いや、あれは、気が変というわけじゃないんですが、変人で名高い男なんですよ。しか

し、あれでなかなか、老師おもいでしてねえ。いったい、蓮華院というのは、この界隈で

のものもちなんです。この家なんかもそうですが、ここいらはみんな蓮華院の地所なんで

すよ。それで、以前には、相当たくさん坊主がいたんですが、それがみんな兵隊にとられ

ちまって、戦死をしたり、まだ復員していなかったりで、いまではあのひろい寺に、老師

の日昭と、あの日兆のふたりきりなんです。日兆もまだ若いし、あの男はたしか二十六で

──当然、兵隊にとられるべきところ、小さいとき小児麻痺をやって、片脚がすこしふじ

ゆうなところからのがれたんです。ところが、老師の日昭というのが、戦争まえから中風

の気味で、いまではほとんど寝たっきりです。だから、檀家のおつとめは申すに及ばず、

すすぎ洗せん濯たくから煮に焚たきの世話、さらに地代の集金と、なにからなにまで、あ

の日兆がやっているんですが、無口な男でしてね、どこへいってもよけいな口はおろか、

必要な口さえめったに利かぬという男です。しかし、まあ、あれだから間違いがないの

で、何しろ界隈がこういうところですから、地代の集金さきというのも、たいてい白粉く

さい女のいる家です。そういう女のなかには、からかい半分、ちょっかいを出すやつもあ

るんですが、全然歯が立たない。だから日兆さんの変クツといえば、このへんでは通りも

のになっているんです。いささか常軌を逸したところはありますが、まあ、あの男はあれ

だけのものだと思います」

 その時、大工や職人たちがやって来たらしく、表からドアをゆすぶる音がきこえたの

で、司法主任はそれをしおに立ち上がると、職人たちには裏へまわるように命じておい

て、自分も通り庭をとおって裏へ出ようとすると、

「あ、警部さん、ちょっと……」

 と、六畳から、顔を出したのは村井刑事だった。

「ああ、村井君、何か見付かったかね」

 司法主任が靴をぬいであがっていくと、村井刑事はだまって、壁際にしいてある薄うす

縁べりをまくって見せた。司法主任はそれを見ると、思わずぎょっと唾をのんだ。薄縁で

かくした畳のうえには、血を拭きとったらしい跡が、べっとりとついていた。

「それじゃ、犯行はこの部屋で行なわれたんだね」

 村井刑事はうなずいて、それから裏庭にむいた縁側の、すぐうらがわにある、押し入れ

のまえの畳を指さした。

「ごらんなさい。その畳に簞たん笥すの跡がついているでしょう。ところで、押し入れの

まえに簞笥をおく筈はないから、その畳と、こっちの畳はちかごろになって入れかえたわ

けですね。つまり、この血のついた畳は、押し入れのまえにあったんです。ところで……

これを御覧なさい」

 押し入れの襖ふすまの、ちょうど引き手の下に当たるところに、新聞がいちまい貼はっ

てあった。

「いま、苦労して、やっとこれだけはがしたんですがね」

 村井刑事はそっと、新聞のしたをつまんで押し上げた。と、そこにはひとかたまりの血

の沫しぶきが、まるでつかんで投げつけたように、どっぷりとはねかかっているのだっ

た。

「これは私の想像ですが、この部屋で被害者と加害者の格闘があった。そして、被害者は

庭のほうへ逃げようとした。そこをうしろからあの薪割りで、ぐゎんと一撃やられたんで

しょう。ところで、この新聞をごらんなさい。二月二十七日の新聞ですよ。この襖にこん

な血をくっつけたまンま、いつまでも放っとくわけがありませんから、事件の起こったの

は、少なくとも二月二十七日よりまえではない。と、同時に、おそらく、いちばん手近に

あった新聞を用いたことでしょうから、二月二十七日より、それほど後でもないと思われ

ます。その日の新聞か、前日の新聞、まあそんなところでしょうから、殺人のあったの

は、二月二十七日か二十八日、おそくとも三月二日三日ごろまでの間だと思われます」

「ふむ、それでだいたい、屍骸の腐敗状態と一致するわけだが、しかし、村井君、そうす

ると糸島夫婦は、それから約二週間、じぶんたちの殺した女の、血のなかでくらしていた

わけだね」

 そこにこの夫婦の、なんとも名状することの出来ぬ鬼畜性がかんじられて、司法主任は

いまさらのように、ゾーッと鳥肌の立つのをおぼえた。


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