「土木建築業、風間組事務所」──そういう看板のあがった、仮り建築の事務所の中で、は
じめて向かいあった風間俊六という男は、刑事の予想とは、およそかけはなれた人物で
あった。土建業の親分──と、いう先入観から、かれはもっと年をとった、脂ぎった人物を
想像していた。ところが、会ってみるとその人は、四十に四、五年、間のありそうな年頃
で、頭を丸刈りにした、まだ多分に、書生っぽさの残っている人物だったので、刑事も
ちょっと案外だった。
しかし、話してみるとさすがにちがったところがあった。老成した口の利きかたには、
一種の重みがあって、ちょっとした身のとりなしにも、ヒヤリとするような鋭さがあり、
しかし一方、それを露骨に見せないだけの、身についた練れも出来ていた。
それはさておき、刑事がまず驚かされたのは、この男がすでに、G町の事件を知ってい
たことである。それについて、かれはしごく無造作にこういってのけた。
「なアに、お君という娘が電話で報らせてくれたんですよ。だからいまに、警察のかたが
見えるだろうと思って、待っていた所です」
「ああ、それで……いや、すでに御存じとしたら却かえって話しよい。ところで、どうで
すか、御感想は?」
「感想? そうですね。お君の電話をきいたときには、たしかに驚いたことは驚いた。し
かし、それもいっときのことで、落ち着いてかんがえてみると、敢えて驚くに足らんとい
う気がしています」
「と、いうのは、何かこのような事件が、起こるだろうというような予感でも……」
「いや、そういう意味じゃありません。あっしのいうのは、こういう時代でしょう? そ
れにあいつらの……いや、『黒猫』の商売が商売でしょう? こういう血なまぐさい事件
が起こっても、敢えて異とするに足らんという意味です」
「『黒猫』へは行ったことがありますか」
「ありません。G町というのがどのへんなのか、それさえよく知らないンです。まさか亭
主といっしょにいるところへ、のこのこ、出かけられもしないじゃありませんか」
風間はあけっぴろげの声をあげて笑った。肉付きのたくましい厚みのある男で、いかに
も肺活量の強そうな、深いひびきのある声だった。
「ひとつ、お繁という女との関係を話してくれませんか」
「話しましょう。どうせわれわれは聖人君子じゃない。気取ってみたって仕方がありませ
んからね。しかし、別に変わったところもありませんよ」
風間がはじめてお繁にあったのは、横浜のさるキャバレーで、それは一昨年の暮れのこ
とだった。お繁は当時、中国から引き揚げて来たばかりで、ほとんど身ひとつというよう
な状態だった。そのキャバレーには、ほかにも女が大勢いたが、とくにお繁のすがたが風
間をとらえたのは、
「あいつがいつも着物を着ていたからなんです。ええ、銀杏返しや鬘かつら下した地じな
んかに結ってね、黒くろ繻じゆ子すの帯やなんか締めている。そんなところで、そんなふ
うをしているのが面白くて、こいつ話せると思ったんです。しかし、そうかといって、こ
の女をどうしようなんて考えはあっしにゃなかった。これはほんとのことです。自分の口
からいうのも変だが、あっしゃ女にかけてはわりに淡白なほうです。もちろん嫌いじゃあ
りませんがね。それよりも、あっしにゃ金かね儲もうけのほうがよっぽど面白い」
それにも拘らず、結局、風間がその女の面倒をみるようになったのは、
「つまり、まんまとあいつに、してやられたようなもんですよ」
風間はそういって、また、ひびきのある声で笑った。