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黒猫亭事件--六(1)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

    六

 大工の為さん、江藤為吉というのは、「黒猫」の改造に働いている男だが、その男が二

十六日の朝警察へやって来て、こんな事を申し立てたのである。

「実は、昨夜はじめてこの事を聞いたので、何んだか変な気がしたもんだから、こうして

お話にあがったんです。へえ、昨夜聞いたってなア、こういうことです。あの屍骸を掘り

出したのは、蓮華院の日兆さんだった、てえことはまえから聞いておりました。ところ

が、日兆さんがそこを掘ってみようて気になった、そのきっかけというのがおかしいンで

す。日兆さんはそれより二、三日まえに、犬がそこをほじくっているのを見た。そのとき

人間の脚みたいなものが、にょっきりのぞいているのが見えたから、それであの晩、思い

きってあそこを掘ってみる気になった。……と、昨夜あっしははじめて、その話を聞いた

んですが、これゃアほんとの事ですか」

 署長をはじめ、そこに居合わせた司法主任や村井刑事は、何んとなく意味ありげな為さ

んの話しぶりに、思わずピーンと緊張した。そして、そのとおりだ。いや、少なくとも日

兆はそう申し立てていると答えると、為公は妙なかおをして、

「しかし、そりゃア……日兆さん、何か勘ちがいしてるんじゃないか。そんな筈はねえん

です。と、いうなあ、屍骸の掘り出されるまえの日、つまり十九日の夕方ですが、あっ

しゃあの庭で焚たき火びをしたんだが、あのとき、あのへんの落ち葉を熊手で搔きよせ

た。ところで、あっしゃあのことがあってから、長谷川さん、──お巡りさんの長谷川さん

ですが、あの人に屍骸がどのへんに、どういうふうに埋まっていたかということを、よく

聞いて知ってるンです。長谷川さんは仕事場で話してくれた。だから、脚が出てたとすれ

ばどのへんかってえ見当もつきます。ところが、あっしが十九日の晩に、落ち葉を搔いた

のは、ちょうどそのへんに当たってるンですが、そのときにゃア、絶対に脚なんかのぞい

ていなかった。……」

 署長も、司法主任も、村井刑事も、それをきくと、思わずいきをのんだ。

「君、……それゃア、……間違いはないかね」

 司法主任はせきこんでいた。

「署長さん、あそこの落ち葉はずいぶん深いんですぜ。その落ち葉から脚が出ている。崖

の上から見えるくらい、のぞいているとしたら、それゃア、よっぽど、土からとび出して

いなきゃなりません。あっしの眼がたとい見落としたとしても、落ち葉を搔く熊手に、手

ごたえぐらいあるだろうじゃありませんか。あっしはきっぱりいいますが、十九日の夕方

には、あそこにゃア絶対に、脚も手ものぞいちゃいませんでしたよ」

 為公がかえったあとで、すぐに日兆が、呼び出されたことはいうまでもない。

「で……君はこれをどう説明するんだね。為公はこの事について、よほど確信があるよう

だった。君はまさか、犬がごていねいにも穴を埋めて、そのうえから落ち葉をかけていっ

たなんて、いやアしないだろうね」

 署長にいきなりきめつけられて、日兆はギラギラする眼で、一同の顔を見くらべた。鉢

がひらいて、頰がこけて、顔色が悪くて、まえから畸き型けい的てきなかんじのする青年

だったが、この数日、いっそう頰がとがって、顔が灰色になっていた。ギラギラと熱気を

おびた眼には、どっか動物的な兇暴さがあり、精神のひずみを思わせるに十分だった。

「その人のいうことはほんとうです」

 突然、日兆ががらがらと濁った声できっぱりいった。そしてけだものみたいにペロリと

唇を舌でなめると、

「脚なんかどこにも出ていなかったんです。私は噓を吐ついたんです」

 一同が顔を見合わせていると、かれはまるで堰せきを切って落としたようにべらべらと

しゃべり出した。そしてその話というのが、事件をすっかりひっくりかえしたのである。

 先月二十八日の夕方のことである。──

 と、日兆はしゃべりはじめた。


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