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黒猫亭事件--六(4)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3335

 ふうむ──と、署長はうなっていたが、急に思い出したように、

「あっ、そうだ、しかし、長谷川巡査は十四日の晩、糸島とマダムのふたりが、交番のま

えをとおるのを見たといってるぜ」

 しかし、長谷川巡査も実際は、マダムの顔をはっきり見たのでないことが間もなくわ

かった。その女はショールを鼻の頭にあて、糸島のからだにかくれるようにして、うつむ

きがちに通り過ぎたのであった。その場の様子から、長谷川巡査がいちずにそれを、マダ

ムだと思いこんだのは、あながち無理とはいえなかった。こうなると、もう、日兆の言葉

を疑う余地はなくなった。殺されたのは鮎子ではなくマダムである。鮎子はかえって犯人

だった。

 こうして事件は、根本からひっくりかえった。糸島大伍ならびに妻繁子の代わりに、あ

らためて、糸島大伍ならびに情婦鮎子の捜査手配が、全国の警察へ指令された。

 この新事実はその日の夕刊新聞に、デカデカと書き立てられたが、この記事を見て、非

常に驚き、かつ、興味をかんじた人間がふたりある。風間俊六はこの新聞を仮り事務所で

見て、茫ぼう然ぜんと眼をこすった。それからかれは檻おりのなかのライオンみたいに、

部屋のなかをいきつもどりつしていたが、やがて、唇をきっとへの字なりに結んだまま事

務所をとび出した。

 それから間もなくかれがやって来たのは、大森の山の手にある、松月というかなり豪勢

な割烹旅館だった。戦後、ふつうの住宅はなかなか建たないけれど、こういう種類の家は

どんどん建つ。松月というこの家は、風間がお得意さきを饗きよう応おうするために自分

で建てたもので、二号だか、三号だかにやらせているのである。

「あら、旦那……まあ、旦那でしたの」

 きれいに打ち水をした玄関の沓くつ脱ぬぎで、風間が靴の紐ひもをといていると、あわ

てて奥からとび出したのは、伊い勢せ音おん頭どの万野みたいな女中頭であった。

「ああ、おちかさん、──あれはいるだろうね」

「ええ、おかみさん、いまお風呂」

「ううん、おせつじゃないんだ。ほら、例のさ」

「ああ、旦那の新いろ。……いやな旦那ねえ。来ると早々、おかみさんのことはそっちの

けですぐそれだもん。おかみさん、だからいってますよ。あの人が女ならただじゃおかな

いって。ほっほっほ、妬やけるのね。ええ、ええ、いらっしゃいますとも、どこへも逃が

すことじゃないから御心配なく」

 風間はにが笑いをしながら、

「また、寝てるんだろう」

「ところが大違い。さっき夕刊を見ると、何んだか急に大騒ぎになって、このあいだから

の新聞を、かたっぱしから持ってこいって、たいへんな権幕なんですよ」

「新聞……?」

 風間ははっとしたように眼を光らせたが、そのまま大おお股またに奥へ入っていった。

かれの声をききつけて、大急ぎで風呂からとび出したらしい女が、なにか声をかけるのを

振り向きもせず、廊下づたいに奥のはなれへやって来ると、

「耕ちゃん、いるか」

 と、がらりと障子をひらいたが、すると、しゃれた四畳半のまんなかで、新聞に埋まっ

て坐っているのは、なんと、金田一耕助ではないか。

 金田一耕助は風間の顔を見ると、

「き、き、き、君、か、か、か、風間……」

 と、たいへんな吃どもりようで、

「こ、こ、この事件は、か、か、か、顔のない屍体の事件だね。ひ、ひ、被害者と、か、

か、加害者がいれかわっている。お、お、岡山のYさんに、し、し、報らせてやると喜ぶ

ぜ」

 わけのわからぬ事をいいながら、五本の指でもじゃもじゃ頭をかきまわし、それから阿

房みたいにゲタゲタ笑ったのである。


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