署長はしばらく、茫然とした眼で、穴のあくほど相手の顔を視詰めていた。この男、馬
鹿か気ちがいか、それとも非常にえらい人間なのか。
「いったいそれはどこです。どこにかれらはかくれているんです」
「ええ、いまそこへ御案内しようと思うんですがね。しかし、そのまえにひとつだけ、お
願いがあるんですが」
「それは、どういうことですか」
「蓮華院の日兆君を、もう一度ここへ呼んでいただきたいのですがね。あの人に、ちょっ
とききたいことがあるんです。それさえわかれば万事O・K、すぐに糸島と鮎子のところ
へ御案内いたします」
署長はしばらく、どうしたものかというふうに、金田一耕助の顔を見ていたが、ふと、
指先でつまぐっている名刺に眼を落とすと、決心がついたように司法主任をふりかえっ
た。
「君、G町の交番へ電話をかけて、長谷川君に日兆を、つれて来るようにいってくれたま
え」
「あっ、それじゃついでに、日兆君がいたら、こちらへ来るまえに、電話で報らせてくれ
るように、言い添えて下さい」
金田一耕助がそばから付け加えた。司法主任は電話をかけおわると、金田一耕助のほう
をふりかえって、
「金田一さん、あなたはさっき幽霊──と、いうような事をおっしゃったが、ひょっとする
と、鮎子は死んでるとでも、思っていらっしゃるんじゃありませんか」
金田一耕助は眼をまるくして、
「鮎子が──? どうしてですか。どうして、どうして、あの女が死んでるもんですか、ぼ
くがいま幽霊といったのは、あいつ、いったん死んだことになっている。それだのに生き
ているから、幽霊といったんですよ」
司法主任は黙りこんでしまった。日兆のああいう証言があったあとでも、かれはまだ、
殺されているのは鮎子であり、犯人はマダムであろうという説を、捨てかねているのだっ
た。さっきからまじまじと、疑わしげな眼で、金田一耕助の顔を見ていた村井刑事が、そ
のとき、わざといま思い出したように横から口を入れた。
「そうそう、いま思い出しましたが、金田一さん、あなたは風間俊六氏のお識り合いだそ
うですね」
金田一耕助はそれをきくと、にやっとわらって、
「あっはっは、刑事さん、あなたどうしてそれを知ってるんですか。ああ、わかった。お
君ちゃんにきいたんですね」
「誰にきいてもいいが、どういうお識り合いですか、あの人と」
「中学時代の同窓ですよ」
それから金田一耕助は、油紙に火がついたように、ベラベラしゃべり出した。