署長はとうとうふき出した。おかしさに、しばらくわらいがとまらなかった。司法主任
もにやにやしていたが、ただひとり、村井刑事だけはにがりきって、いよいよ疑いのいろ
が濃くなった。いったい、こいつ何者だろうという顔色なのである。金田一耕助はにこに
こしながら、
「おかしいですか。あっはっは、少しおかしいですね」
と、つるりと顔を撫でると、
「とにかく、そういうわけで、あの男の二号だか、三号だかの女性のもとに寄食している
わけですが、そこへ風間がとび込んで来た。あの男にしては珍しく興奮しているから、何
事ならんと思っていると、あいつもこの事件の関係者なんだそうで……そのことは、新聞
にちっとも出ていなかったから、ぼくも知らなかったんですが、さて、その節あの男の曰
いわくにはですな。この事件にはどうもすこし解けぬ節ふしがある。おまえひとつ出馬し
てみてくれんか……と、かれがそんなことを切り出したのは、その昔、ぼくが探偵業を、
開業していたことがあるからなんですが……」
「ええ、何んですって? 何業ですって?」
「探偵業──つまり、私立探偵みたいなもんですな」
ふいに署長があっと叫んだ。あわてて、名刺を読み返していたが、
「あなたはいま、瀬戸内海へいってたとおっしゃいましたね。瀬戸内海というのは、獄門
島という島じゃありませんか」
「ええ、そう、あの事件、御存じですか」
「知ってますとも。東京の新聞にも出ましたからねえ。何しろ大変な事件で……そうです
か。あなたがあの金田一さんで、あの耕助さんで……」
署長はかんにたえたように、金田一耕助の顔を見直した。司法主任と村井刑事も、吃驚
びつくりしたように眼を丸くした。おそらく村井刑事の疑惑も、いっぺんに氷解したにち
がいない。
「そうですよ、ぼくがその、金田一でその耕助さんです。あっはっは」
と、金田一耕助はわらった。
「なるほど、それでこの人と懇意なんですね」
と、手にしていた名刺に眼を落とすと、署長はにわかにデスクのうえに乗り出して、
「失敬しました。どうもあなたのご様子があまり変わっているので……いや、なに、それ
でこの事件に、乗り出されたというわけですか」
「そうですよ。一宿一飯の義理ということがありますからな。ぼくはやくざの仁義という
やつが大嫌いだが、この事件には、はじめから興味を持っていた。何しろ、これは顔のな
い屍体の事件ですからね。顔のない屍体、御存じですか。おなじトリックでもこのトリッ
クは、一人二役のトリックとトリックがちがう。顔のない屍体は読者にあたえられる課題
であるが、一人二役はさにあらず、これは最後まで、伏せておくべきトリックであって、
これを読者に看破されたがさいご、勝負は作者の負けである。そこへいくと、密室の殺人
はまた違う。密室の殺人は、これまた、読者にあたえられる課題であるが、課題は一つで
も、解決は千変万化である。そもそも……」
調子にのって金田一耕助は、またべらべらとしゃべっていたが、急に気がついたように
きょとんとして、
「ええと、ぼくは何をいおうとしていたのかな。そうそう、そういうわけで乗り出すこと
になったのである、ということをいわんとしていたんですね。あっはっは、で、つまり、
その、なんですな。昨日にいたってやっと謎なぞが解けたと、こういうわけなんです」