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黒猫亭事件--七(5)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 署長はとうとうふき出した。おかしさに、しばらくわらいがとまらなかった。司法主任

もにやにやしていたが、ただひとり、村井刑事だけはにがりきって、いよいよ疑いのいろ

が濃くなった。いったい、こいつ何者だろうという顔色なのである。金田一耕助はにこに

こしながら、

「おかしいですか。あっはっは、少しおかしいですね」

 と、つるりと顔を撫でると、

「とにかく、そういうわけで、あの男の二号だか、三号だかの女性のもとに寄食している

わけですが、そこへ風間がとび込んで来た。あの男にしては珍しく興奮しているから、何

事ならんと思っていると、あいつもこの事件の関係者なんだそうで……そのことは、新聞

にちっとも出ていなかったから、ぼくも知らなかったんですが、さて、その節あの男の曰

いわくにはですな。この事件にはどうもすこし解けぬ節ふしがある。おまえひとつ出馬し

てみてくれんか……と、かれがそんなことを切り出したのは、その昔、ぼくが探偵業を、

開業していたことがあるからなんですが……」

「ええ、何んですって? 何業ですって?」

「探偵業──つまり、私立探偵みたいなもんですな」

 ふいに署長があっと叫んだ。あわてて、名刺を読み返していたが、

「あなたはいま、瀬戸内海へいってたとおっしゃいましたね。瀬戸内海というのは、獄門

島という島じゃありませんか」

「ええ、そう、あの事件、御存じですか」

「知ってますとも。東京の新聞にも出ましたからねえ。何しろ大変な事件で……そうです

か。あなたがあの金田一さんで、あの耕助さんで……」

 署長はかんにたえたように、金田一耕助の顔を見直した。司法主任と村井刑事も、吃驚

びつくりしたように眼を丸くした。おそらく村井刑事の疑惑も、いっぺんに氷解したにち

がいない。

「そうですよ、ぼくがその、金田一でその耕助さんです。あっはっは」

 と、金田一耕助はわらった。

「なるほど、それでこの人と懇意なんですね」

 と、手にしていた名刺に眼を落とすと、署長はにわかにデスクのうえに乗り出して、

「失敬しました。どうもあなたのご様子があまり変わっているので……いや、なに、それ

でこの事件に、乗り出されたというわけですか」

「そうですよ。一宿一飯の義理ということがありますからな。ぼくはやくざの仁義という

やつが大嫌いだが、この事件には、はじめから興味を持っていた。何しろ、これは顔のな

い屍体の事件ですからね。顔のない屍体、御存じですか。おなじトリックでもこのトリッ

クは、一人二役のトリックとトリックがちがう。顔のない屍体は読者にあたえられる課題

であるが、一人二役はさにあらず、これは最後まで、伏せておくべきトリックであって、

これを読者に看破されたがさいご、勝負は作者の負けである。そこへいくと、密室の殺人

はまた違う。密室の殺人は、これまた、読者にあたえられる課題であるが、課題は一つで

も、解決は千変万化である。そもそも……」

 調子にのって金田一耕助は、またべらべらとしゃべっていたが、急に気がついたように

きょとんとして、

「ええと、ぼくは何をいおうとしていたのかな。そうそう、そういうわけで乗り出すこと

になったのである、ということをいわんとしていたんですね。あっはっは、で、つまり、

その、なんですな。昨日にいたってやっと謎なぞが解けたと、こういうわけなんです」


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