金田一耕助が読み進んでいくにしたがって、署長の興奮はしだいに大きくなって来た。
金田一耕助が読み終わると、大きく呼い吸きを弾ませて、
「その事件なら私も憶えている。当時私は神楽かぐら坂ざか署にいたんだが、三宅の家は
牛うし込ごめ矢来にあった。それじゃ金田一さん、お繁の前身は、松田花子だというんで
すか」
「そうです。昭和十二年上半期から、さらにさかのぼって、十一年の新聞まで念のために
調べてみたが、糸島の洩らした言葉に相当するような事件、即ち良人を殺してその後、行
方不明になっている女というのは、松田花子よりほかにありませんでした。それに年齢も
お繁に相当しています。で、ぼくはこの写真を、風間をはじめとして、お君という娘や、
加代子や珠江にも見てもらったのです」
「で、ちがいないというのですか、お繁に……?」
「四人ともハッキリ断言は出来ませんでした。十年たつと女はずいぶん変わります。こと
にお繁は意識して、扮装その他において昔と変わるように、努力していたことでしょうか
ら、四人ともすぐにそうだとは言いかねましたが、そういえばそのような気がする。マダ
ムの若い頃の写真のような気がする。……と、そういうんです」
しばらく一同はしいんと黙りこんでいた。何かしらドス黒い鬼気が、満ち潮のようにみ
なぎりわたる感じであった。署長は握りしめた掌が、ベットリと汗ばんでいるのに気がつ
くと、ハンケチを出して拭いながら、
「それで……」
と、何かいいかけたが、そのとたん、卓上のベルが鳴り出した。署長はすぐに受話器を
とりあげたが、
「ああ、そう、じゃ、待っているから……」
と、電話をきって金田一耕助のほうへ向き直った。
「長谷川巡査からだが、これからすぐ、日兆をつれてやって来るそうです」
ところが、一同が驚いたことには、それをきくと金田一耕助が、ヒョコンと跳び上がっ
たことである。写真をしまい、帽子をとると、
「そ、そ、それじゃさっそく出かけましょう」
と、どもって呼吸を弾ませたから、署長も司法主任もあっけにとられて、金田一耕助の
顔を見直した。村井刑事は、さっと緊張して立ち上がった。刑事だけがとっさに、金田一
耕助の意図を読みとったらしいのである。
「そ、そ、そうです。出かけるんです。糸島と鮎子のところへ出かけるんです。日兆君に
話をきくのはあとでも出来る。署長さん、日兆君がやって来たら、ここへとめておくよう
に、留守番の人にいっておいて下さい。絶対にここから出さないように。……さ、さ、さ
あ、出かけましょう」
署長と司法主任も緊張したかおいろでさっと立ち上がった。何かしら異様な大詰めへ、
この男が自分たちを案内しようとしているらしいことが、暗黙のうちにはっきりと感じら
れた。村井刑事はすでにドアのところまで歩いていた。