八
ちょうどその頃、「黒猫」の裏庭では、大工の為さんと二人の職人が、鉋かんな屑くず
や木切れを燃やして焚火をしていた。ああいう事件が起こったので、「黒猫」の改装は一
時中止のやむなきにいたったが、その後、警察のお許しが出たので、またこの工事をやり
はじめたのである。だから、ここに為さんや職人のいることに、すこしも不思議はないわ
けだが、どういうものか三人とも、妙にだまりこんでいた。それのみならず、しじゅう外
の足音に耳をすまし、腕時計に眼をやったりするところを見ると、誰かを待っているらし
かった。更に不思議なのは、庭の隅に、かれらの持って来たらしい、シャベルやつるはし
がおいてあることである。「黒猫」の改装工事に、シャベルやつるはしが必要とは、はな
はだ合点のいかぬことであった。
「来た。──」
と、突然、為さんが小声でいった。
「あの足音がそうらしい」
三人はさっと緊張して、焚火のそばを離れた。
「黒猫」の裏木戸から入って来た署長や司法主任は、そこに大工や職人のすがたを見る
と、驚いたように眉をひそめた。村井刑事もさぐるように金田一耕助の顔を見直した。金
田一耕助はにこにこしながら、
「この人たちに、これからひと働きしてもらおうというんですよ。この人たちなら、シャ
ベルやつるはしを、誰にも怪しまれないでここへ持ち込むことができる。お巡りさんじゃ
眼につきますからね。お待ち遠さま、さあ、いきましょうか」
金田一耕助はいちばん先頭に立って、うしろの崖をのぼりはじめた。それにつづいて、
為さんとふたりの職人が、それぞれシャベルだの、つるはしをかついでのぼり出した。そ
れから村井刑事、最後に署長と司法主任がつづいた。誰も口をきくものはなかった。これ
からどこへ行くのか、そして何をしようとするのか、それらのことについて説明を求めよ
うとする者もいなかった。しかし、為さんや職人たちのかついでいる道具からして、何か
しら恐ろしい事実が予想され、みんな胸をワクワクさせながら、重っくるしくおし黙って
いた。
崖をのぼると雑木林だ。金田一耕助はあとをふりかえると、
「気をつけて下さいよ。ところどころに、防空壕が掘ってありますから。……昨日も刑事
さんが……」
だが、村井刑事のむつかしい顔を見ると、あっはっはと低くわらって、それきりあとは
言葉をにごした。
雑木林をぬけると墓地があった。墓地には大小さまざまの墓石が、ところせまきまでに
林立していたが、ちかごろの世相では、墓参りをするものも少ないらしく、それに無縁仏
になったのも、今度の戦争で急にふえたにちがいないから、墓地全体がひとつの廃墟のよ
うに荒れはてていた。金田一耕助が一同を案内したのは、その墓地のいちばん奥の、墓地
とも雑木林とも、区別のつかぬはずれであった。そこに台石もなにもない磨滅した墓石が
ひとつ、横っ倒しに倒れており、周囲は雑木林のふり落とす、堆うず高たかい落ち葉でお
おわれていた。
「為さん、その落ち葉を搔きのけてみて下さい」
大工の為さんが、シャベルで落ち葉を搔きのけると、たしかにちかごろ、掘り返したに
ちがいないと思われる、黄色い土があらわれた。署長も司法主任も思わずいきをのんだ。
「掘りかえした土の跡を、落ち葉でかくしてあるところは、『黒猫』の裏庭とおなじ技巧
ですね。では、その墓石をとりのけて、そこを掘ってみてくれませんか」
墓石は小さなもので、それほど重くもなかったので、すぐとりのけられた。石の下には
落ち葉がたくさん下敷きになっていた。