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黒猫亭事件--九(1)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3335

    九

 その翌日、大森の割烹旅館松月の離れ座敷で、金田一耕助を取りまいているのは、署長

と司法主任と、村井刑事の三人であった。風間俊六も、主人役としてその座につらなって

おり、かれの二号だが、三号だか、四号だか、五号だかわからんという、あだっぽい女性

がその座のとりもちをしていた。本来ならば金田一耕助のほうから警察へ出向いて、事件

解説の労をとるべき筈だったが、昨日あまり神経を緊張させたせいか、ぐったりと疲労を

おぼえて、とてもちかごろの乗り物に乗る勇気がなかった。風間がそれを心配して、警察

の人々に、こちらへ来てもらうように取りはからったのである。

「いや、どうも意気地のない話で……」

 金田一耕助は面目なげに、もじゃもじゃ頭をかきまわしていた。顔色が悪くて、笑いが

おにも元気がなかった。署長は同情するように、

「いや、無理もありません。あれほど死というものに接近すれば、誰だってそうなりま

す。まったく危ないところでしたからなあ」

「われわれも手に汗握りました」

 司法主任もしみじみ述懐するような調子だった。

「あの時、風間さんのやって来るのが、もう数秒おくれていたら、どうなっていたか知れ

たものじゃない」

 村井刑事はいまさらのように体をふるわせた。

「そのとおりで。あの女は風間に惚れていたんですよ。だから、ああして風間に叱りつけ

られると、子供がベソを搔くような顔になった。ぼくはゆうべ、あの顔が眼のまえにチラ

ついてねえ。悪い女だが、あの顔を思い出すとなんだか憐れっぽくなって。……おい、色

男、なんとかいわないか。おせつさんがそばにいると思って、そうすますなよ」

「馬鹿なことをいうな。しかし、まあ、耕ちゃんにそれだけ、冗談が出るようになって安

心した。ゆうべは夜っぴてうわごとのいい通しで、おれはずいぶん心配したぜ。なあ、お

せつ」

 風間は太い腕を組んだまま、かたわらの女性をふりかえった。風間の二号だか、三号だ

か、四号だか、五号だかわからん女性は、ただ黙ってほほえんだだけだった。

「いや、有難う、心配をかけてすまなかった。しかし、風間、その耕ちゃんだけは止して

おくれよ。せめて耕さんとでも呼んでくれ。どうもやすっぽくっていけないや。ねえ、お

せつさん」

 おせつさんは相変わらず無言のままほほえんでいたが、ふと気がついたように、からに

なった銚子を持って立ちあがると、

「あの、あなた。……彼用があったら、そこの呼鈴を鳴らして下さい」

 そしてすうっと出ていった。金田一耕助はうしろ姿を見送りながら、

「いいひとだな、あのひとは。風間、おまえももう、浮気はよいかげんにお止し。おせつ

さんひとりで我慢しろ」

 風間はにが笑いをしながら、

「際どいところで意見をしゃあがる。それより皆さんがお待ちかねだ。そろそろお話し申

し上げたほうがいいだろ」

「うん」

 金田一耕助も大きくうなずくと、気の抜けたビールをちょっと舐なめて、それから一同

のほうに向き直り、つぎのように語りはじめたのである。


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11/28 15:48