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黒猫亭事件--九(4)_本陣殺人事件(本阵杀人事件)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3335

 署長と司法主任と村井刑事が叫んだのは、ほとんど同じ瞬間だった。署長はいきを弾ま

せて、

「わかった、わかった。お繁はあの血を糸島に、黒猫の血だと思いこませたのですね。そ

のために、あの黒猫は殺されたのですね」

「そうですよ。そうですよ」

 金田一耕助は嬉しそうにがりがり頭を搔きながら、

「皆さんの御意見では、あの黒猫は殺人のあった節、そばでまごまごしていて、とばっち

りをくったのだろうということになっていましたね。しかし、それは猫というものの、習

性を知らなすぎる御意見ですよ。世の中に、およそ、猫ほど殺しにくい動物はない。ぼく

の中学時代の友人に、とても獰どう猛もうな人物がいましてね、犬でも猫でも、何んでも

殺してスキ焼きにして、食っちまうやつがあった。いや、風間じゃありませんから御安心

下さい。そいつの言葉によると、猫ほど往生際の悪い動物はないそうです。犬は棍棒でぶ

ん殴ると、ころりとすぐ死ぬそうですが、猫と来たら、打とうが、殴ろうがなかなか、一

朝一夕には死なないそうです。もういいだろうと思っていると、薄眼をひらいてニャーゴ

と啼く。実に、あんなにしまつの悪いやつはないと言ってましたが、それほど神通力をそ

なえた猫が、とばっちりをくらって殺されるというのは、ちと、不覚のいたりに過ぎると

思われる。ことにあの傷口から見ても、とばっちりではなく、故意にえぐられたとしか思

えない。ところで、刑事さんの御意見では、犯罪の現場をあの猫に見られたので、気味悪

くなって殺したというんですが、ぼくも一応そのことを考えた。しかし、それじゃまるで

ポーの小説です。それにぼくははじめから、殺されたのはお繁じゃないと思っていたの

で、この問題には相当悩まされたのです。それがここへ来て、ぴたりとぼくの、仮説のな

かへはまりこんで来たわけです。お繁は亭主の留守中に、人殺しをしたあとで、黒猫を殺

しておく。そして、亭主がかえって来たときこんなことをいうんです。猫とふざけていた

ら急に嚙みついたとか、ひっかいたとか、口実はなんとでもつく、そこでついくゎっとし

て殺してしまった。と、血みどろの黒猫の屍体を見せる。お繁はふだんからヒステリー性

のある女ですから、糸島も驚いたことは驚いたろうが、大して怪しみもしない。こうし

て、黒猫を殺すことによって、そこにある血を、ゴマ化すことが出来ると同時に、更に都

合のよいことには、猫の屍骸を埋めるために、亭主に裏庭へ穴を掘らせることも出来る。

更にまた、代わりの黒猫を亭主に貰って来させることによって、いよいよ、亭主を怪しい

ものに仕立てることが出来る。彼女は亭主にこんなふうにいったにちがいない。わたしが

癇かん癪しやくを起こして猫を殺したなんてこと、誰にもいわないで頂戴。だって、そん

な兇暴な女かと思われるのいやですもの。それから、大急ぎで代わりの猫をもらって来て

頂戴。黒猫だから誰にも見分けがつきゃしないわ。だから、猫がかわってるなんてこと、

誰にもいわないでね」

「ふうむ」

 と、署長が太い唸り声をもらした。司法主任と村井刑事は、熱いため息を吐いた。

「なるほど、それで、糸島の奇怪な行動も説明がつくわけですな。あいつはなんにも知ら

ないで、細君のあやつる糸のさきで踊っていた。それが、じぶんを殺す準備行動とも知ら

ないで……」

「そうですよ。そこがこの犯人のもっとも冷血無残、非人間的なところですね。さて、一

方彼女はわざと顔に悪性のドーランを塗り、おできをいっぱいこさえて、奥の六畳へひき

こもってしまった。彼女は去年も、ドーランにかぶれたことがあるので、どのドーランを

塗れば、おできが出来るかということを、ちゃんと知っていたんです。亭主の糸島にして

みれば、細君の顔に、おできが出来たことは事実だから、彼女の閉居に対しても、別にふ

かく怪しまなかった。さて、そうしておいて彼女は、にわかに、『黒猫』を売りはらっ

て、どこかへ立ち去ることを亭主に提案した。いったい、どういうもっともらしい口実

で、亭主に同意させたのか知らないが、何といっても店を経営維持できるのは、お繁の腕

にあるんだから、糸島は結局、彼女の言にしたがうより手はなかったでしょう。……さ

て、ここですこし問題の焦点をかえて、殺されたのは鮎子だとして、では、その鮎子とい

う女のことをかんがえて見ることにしましょう。ぼくはこの鮎子という女の存在につい

て、はじめから一種の疑惑をもっていた。さっきもいったように、ぼくははじめから、お

繁にこそ、糸島を殺す動機があるが、糸島のほうに、お繁を殺す動機があろうとは思えな

かった。第一かれは、だにのようにお繁に寄生することによって、いままで生活して来た

男である。お繁を殺すことは、まるで金の卵をうんでくれる、鶏を殺すようなものではな

いか。──ところが、表面にあらわれたところを見ると、一応糸島にも、女房を殺す動機が

できているようになっている。つまり、それが新しい情婦の鮎子です。この鮎子という女

がいなかったら、糸島に女房を殺す動機を見出すことはむずかしい。つまり鮎子あるが故

に、お繁は亭主に殺されたものとして通るようにできている。お繁の計画にとって、これ

はあまりにお誂え向きではないか。そこにも何か、お繁の作為があるのではないか。そう

思って、鮎子という女のことを調べてみると、これが実に茫ぼう漠ばくとしているんで

す。去年の五月から六月まで、鮎子は日華ダンスホールにいた。ところが、そこを止して

から、ことしの正月、昔の同僚のダンサーに出会うまで、どこで何をしていたか、誰も

知っているものはない、ところがことしになって、そのダンサーともう一人、お君ちゃん

とに見られたと思ったら、間もなく今度の犯罪です。これまた、すこしお誂え向きに出来

すぎている。しかし、鮎子という女が存在したことはたしかです。そして糸島と仲よく、

映画を見たり、井の頭の変な家へしけこんだことも事実である。だが……と、ここでぼく

はかんがえたのですが、糸島のような男が、細君のほかに女をこさえるだろうか、かれは

細君によって生計を立てているのみならず、たしかに細君に惚れていたんです。このこと

は、『黒猫』にいた三人の女が、口をそろえて証言している。そういうかれが、ほかに女

をこさえるだろうか。──しかし、男女関係というものは、公式どおりにいかないものだか

ら、あるいは糸島も情婦をこさえたかも知れない。しかし、お繁がそれを妬やきたてる。

──これがちとおかしい。どうもぼくのあたまにあるこの夫婦は、たとい亭主が浮気して

も、女房は妬いてくれそうにないのです。冷然として、せせらわらっているぐらいが関の

山なんです。それをお繁が妬きたてた。しかも、若い女たちのいるまえで、わざと、聞こ

えよがしに妬きたてたらしい形跡がある。そこにまた、なにか作為があるのではないか。

そう思って、三人の女に当時の模様をきいたところが、つぎのようなことがわかりまし

た。まず、第一に、お繁が妬き出したのはことしになってからである。第二にお繁はそう

いうときいちども、鮎子という名を口に出さなかった。いつもあのひととか、あの女とか

いっていた。第三に、そういう際の糸島の様子は、いつもとても馬鹿らしそうであった。

阿房らしくて、相手になれんという様子であった。──と、以上三つのようなことを聞き出

したぼくは、そこに、たしかにお繁の作為があると思った。しかし、そのときはまだまさ

かあんな大手品、大ケレンを、お繁が演じていようとは夢にも思わなかった。それに気が

ついたのは、いや、それをぼくに教えてくれたのは、二つの日記なんです」


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