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第三章 椿子爵謎の旅行(5)_悪魔が来りて笛を吹く(恶魔吹着笛子来)_横沟正史_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3334

 金田一耕助はほほえんで、

「貴族のなかには、まま、そういう考えかたを持っているひとがあるんじゃないですか」

「ええ、そうかも知れません。伯父は、その典型なんですね。でも、伯父が母のところへ

無心にくるには、理由がないこともないのです。母の父は母が十五のときに亡くなったん

ですが、とても母を可愛がっていて、伯父にいくぶんよりたくさん母に遺したんです。母

はそのほかにも、母方の祖父から沢山のこされたので、とてもお金持ちだったんです。母

は綺麗ですから、誰からも愛されるんですわ。そういう大きな財産をもって、母は椿のう

ちへお嫁にきたんですが、伯父にしてみればそれが不平で、自分のものを費つかい果たす

と、当然の権利のように母のものに眼をつけはじめたんです。またそういうことがありま

すから、伯父の一家や玉虫の大伯父が乗りこんできても、父は何もいえなかったんです。

父はいつも養子のように権力がなく孤独でした」

 美禰子の声はまた怒りにたかぶってくる。金田一耕助はしかしそれを黙殺して、

「玉虫もと伯爵はおひとりですか」

「いいえ、菊きく江えさんという二十三、四の、とても綺麗な小間使いがついています。

むろん、ただの小間使いではございません」

 金田一耕助は、すぐその意味を諒りよう解かいした。

「大伯父さんはいくつですか」

「かれこれ七十になるんじゃないでしょうか」

「その人にはほかにいくところがないのですか」

「いいえ、玉虫家には立派な跡取りがあります。跡取りのほかにもたくさん子供があるん

ですけれど、大伯父というのがとても我の強い、わがままなひとですから、子供たちの誰

ともあわないんです。それに反して母はこのひとをとても尊敬しているものですから」

 金田一耕助はメモのうえに眼を落とす。そこにはつぎの十一人の名が書きしるしてある

のだった。

 椿   英輔  四十三歳

  妻  子  四十歳

  女  美禰子 十九歳

  老女 信乃  六十二、三歳

 三島  東太郎 二十三、四歳

  女中 種   二十三、四歳

 新宮  利彦  四十三歳

  妻  華子  四十歳前後

  男  一彦  二十一歳

 玉虫  公丸  七十歳前後

  妾  菊江  二十三、四歳

 金田一耕助はそのメモを美禰子に見せて、

「あなたはこのひとたち全部に、お父さんを密告する可能性があるというんですか」

 美禰子はメモに眼をとおすと、

「いいえ、全部とはいいません。三島さんや女中の種、それから菊江さんなどに、そんな

ことをしなければならぬ理由はありませんし、新宮の伯母さまや一彦さんがまさか。……

新宮の伯母さまというひとは、とてもいいかたです。でも、ほかの四人、母をはじめ信乃

にしろ、新宮の伯父や玉虫の大伯父にしても、そんなことをしかねないひとたちなんで

す」

「つまり、そのひとたちは、それほどお父さんを憎んでいたというのですね」

 美禰子の顔にはまたドスぐろい怒りの炎がもえあがる。


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