新宮利彦であろう……と、金田一耕助はすぐそう思った。背のひょろ高い、白いけれど
冴さえない顔色をした男で、ひどく尊大そうに構えているいっぽう、また、ひどく臆おく
病びようそうなところも見える。鼻の下がながいのと、口くち許もとにしまりがないのと
で、ちょっと間の抜けた感じである。
利彦はしばらく疑いぶかそうな眼付きで、ジロジロと金田一耕助の顔を見ていたが、耕
助が立ち上がって挨あい拶さつをしかけると、ギクッと怯おびえたようにあとじさりし
て、そのままプイと部屋から出ていった。
おやおや、やっこさん、ひどくひとみしりをする性分と見える。……
金田一耕助がちょっと呆あつ気けにとられていると、向こうから利彦のしゃべる声がき
こえた。
「おい、美禰子、応接間にいる変なやつは、いったい誰だい?」
ひどい濁だみ声である。それに対して美禰子がなんと答えたのかきこえなかったが、
「なんだ一彦、おまえの先輩というのはあの男か。あんまり変なやつをつれてくるのは止
したほうがいい。用心が悪いから」
おやおや、ひどく信用がないな。おれはよっぽど人相が悪いと見える。……
金田一耕助がにやにやしているところへ、美禰子が同じ年頃の青年といっしょに入って
きた。美禰子は憤ったような顔色で、
「失礼しました。先生、こちらがいとこの一彦さんです」
と、ぶっきら棒に紹介した。
金田一耕助がこのときちょっと意外に思ったのは、一彦がちっとも父に似ていないこと
である。そして、父に似ていなくて仕合わせだと思ったのは、
「先生、何か父が失礼なことを申し上げやあしませんでしたか」
と、そういう一彦の顔色に、坊っちゃんらしい誠実さが溢あふれていたからである。背
は父ほど高くはないが、均整のとれた肉付きをしていて、父よりよほど上品な顔をしてい
る。しかし、どこか青年らしい覇は気きにかけて、暗いかげがしみついているのは、椿子
爵の事件以来、この家にまつわる悲劇のせいだろうか。
「いやあ!」
金田一耕助はにこにこしながら、
「べつに。……御挨拶申し上げようと思ったら、びっくりしたように出ていかれました
よ。きっと変なやつが来てると思われたんでしょう、あっはっは!」
一彦は切なそうに頰ほおをあからめる。美禰子はいかつい顔をして、肩をゆすりなが
ら、
「伯お父じさまは、いつだってそうなんです。影弁慶よ。あの年と齢しになって、はじめ
てのかたにはとてもひとみしりをなさるんです」
そのとき、ドアのところで軽い衣きぬずれの音がしたので、美禰子はギクッとふりか
えって、
「あら、お母さまがいらした」
だが、そういう美禰子の声の調子に、どこか消え入りそうなところがあるのを、金田一
耕助はあやしみながら、椅い子すに腰をおろしたまま、ドアのほうをふりかえった。
そして、はじめて美禰子の母、もと子爵椿英輔氏の未亡人を見たのだが、そのときのな
んともいえぬへんてこな印象を、金田一耕助はその後長く払ふつ拭しよくすることができ
なかった。
母に関する美禰子の話は決して誇張ではなかった。そこに立って満面に笑みをたたえて
いるその婦人は、とても美禰子のような大きな娘を持つ女とは思えないほど、若く、かつ
美しかった。少し肥ふとり肉じしながら、それがかえって下ぶくれの、いちま人形のよう
なかっきりとした美しさにふさわしかった。豊かな両の頰にえくぼがくっきり刻まれてい
るのも若々しく、こまよりの派手なお召に、粗い金糸のぬいのある帯をしめているところ
は、まるで娘といってもよかった。