しかし、それにも拘かかわらず、金田一耕助は、この婦人をひとめ見た刹せつ那な、何
かしら、体中がムズムズするような不健全なものを感じずにはいられなかったのである。
子はたしかに美しい。しかし、それは造花の美しさである。絵にかいた美人のようにむ
なしいものであった。 子は満面に笑みをたたえている。その笑顔はかがやくばかり美し
い。しかし、それはそうしろと教えられたような笑いかただった。 子の瞳めは耕助のほう
へ向けられている。しかし、その瞳はもっと遠いところを見ているような眼つきだった。
「美禰子さん」
子は小娘のように首をかしげていった。その声を聞いたとたん、金田一耕助はふたたび
体中がムズムズするのを感じた。それは小娘よりもまだ甘ったるい声だった。
「あなたや一彦さんのお客さまというのはこのかたですの。どうしてあなたはお母さま
に、御紹介してくださらないの」
「ぼく、ちょっと失礼します」
一彦はその場にいたたまらぬように、 子のそばをすりぬけて部屋から出ていった。美禰
子は暗い、おこったような眼でその後ろ姿を見送っていたが、やがて、つと母のそばへよ
ると、その手をとって金田一耕助のまえにつれて来た。耕助はあわてて椅子から立ち上
がった。
「お母さま、御紹介しますわ。こちらは金田一耕助先生、一彦さまの御先輩で、とても占
いに興味をもっていらっしゃるので来ていただきましたの。先生、母です。あの、あた
し、ちょっと向こうに御用がありますから」
美禰子は早口にそれだけいうと、顔をそむけて、大おお股またに部屋を出ていった。
「まあ、あの娘こったら!」
子はわざとらしく眉まゆをひそめて、
「まるで男の子のような歩きかたをして。……ほんとうにいまどきの娘ったら、お行儀が
悪くて仕方がございませんのよ、いくらいいきかせても直りませんの」
それから 子は艶えん然ぜんと、耕助のほうへふりかえると、
「先生、そこへおかけになりません?」
金田一耕助は大いに当惑せざるを得なかった。時計を見ると八時半になんなんとしてい
るのである。八時半になると電気が消える。まっくらがりのなかに、この婦人とふたりき
りで取りのこされたら。……それを考えると金田一耕助は、背そびらに流れるつめたい汗
を禁じえなかった。
「ああ、いや、ぼくはこのほうが勝手がいいです。それより奥さん、もうそろそろ占いが
はじまる時刻じゃありませんか」
「占い……? ええ、そうそう、あなたはそのためにいらしてくださいましたのね。ね
え、先生」
子は急に顔をくもらせて、
「先生はどうお思いでございますか。主人はほんとうに死んだのでございましょうか。い
いえ、いいえ、そんなこと噓うそでございますわね。主人はきっとどこかに生きているん
ですわ。げんにあたしは、このあいだ、主人に遭あったのでございますもの。ねえ、先
生」
子はそこで子供のように身ぶるいをすると、
「あたし、怖こわくて怖くてたまりませんのよ。主人はきっと、あたしたちに復ふく讐し
ゆうする機会をねらっているのでございますわ」
子の恐怖は決して見せかけや誇張ではなかった。彼女はほんとうにそれを信じ、怯おび
えているらしかった。